【メインページ】 【What's New!】 【天龍源一郎 必殺技大鑑】 【アメリカでプロレスを見たことがある】 【Junk Yard】 【あまり役に立たない情報】 【観戦レポート】 【Wrestling Highについて】 【でんのう隣組】 【最近のヨシカワチサト】

拾遺レスリングハイトップページへ戻る


K君への手紙(1994年10月)
1994年10月6日
 いやー、長崎での阿修羅・原対天龍源一郎は非常に感動的な試合であった。開場待ちの列で耳に入った会話から始まって、開場の雰囲気、前座試合、そしてメインイベント、試合終了後……、全てが全て感動の固まり、現場に居合わせなかった人にこれを説明しても、その十分の一も説明できないだろうが、そのうちにビデオが出るだろうから、チャンスがあったら是非とも見ていただきたい。

 実際のところ、この日の阿修羅はほとんど攻めることが出来なかった。今の体調を考えればそれも致し方なしである。最早、得意中の得意としてきた雪崩式のブレインバスタでさえ、崩れ落ちるようにしか決められないのであった。

 それでも、阿修羅は最後の最後までプロレスラーたりえたのは、ただひたすらに天龍の攻撃を受けまくったからあろう。天龍のあの猛烈な攻撃を受けきった。これだけで阿修羅は十分にプロレスラー足り得たのだ。

 この日のWARは第一試合のレディ・アッパッチェ対ムヘール・パンテーラからいい試合が多かった。組み合わせだけ書いておくので、試合を想像してみて欲しい。嵐対平井、バンピーロ・カサノバ対トップ・ガン、北原対折原、ケンドー・ナガサキ対ディック・マードック、ウルティモ・ドラゴン対ドス・カラス、冬木、外道対浜口、ボブ・バックランド

 開幕戦で味噌をつけ、東京スポーツには「(リングネームを)暴道とでもするべきだ。」と書かれた冬木が逆襲?、この模様を伝える東京スポーツを抜粋して載せよう。

「凶行冬木軍 本紙記者を身代わり断髪 4日、熊本市内で冬木、邪道、外道が断髪式と称して報道陣を集め、本紙記者に対し、とんでもない暴挙を働いた。9・29天龍との変則髪切りマッチに敗れた冬木は邪道、外道の丸坊主を拒否してファンの猛反発を買った。やっと4日に実行することになったが、邪道・外道は理髪店で坊主どころか髪を整えるだけ。さらに丸坊主にならないのか、と詰め寄った本紙記者の頭を丸坊主にしたのだ。これは力ずくで『たこ八郎』にされた本紙記者の怒りの手記である。くたばれ、冬木軍−−−冬木の太い腕が記者の首根っこをムンズとつかみ、邪道、外道がガッチリ腕を固める。身動き一つとれない状態だ。そこに冬木が持つバリカンが不気味な振動音とともに頭に突き刺さる。気がつくと屈辱の坊主頭が鏡に映り、笑い転げる悪の3人組の姿があった。まるでレイプだ。(略)『大変お世話になった阿修羅・原さんの引退セレモニーに、みっともない頭で出席するのは失礼。長崎大会が終わったら、いさぎよく邪道、外道の髪を切ります』4日の移動日オフ*長崎大会は10月3日、5日に熊本大会が行われた。承認となる海野レフェリー、報道陣を引き連れ熊本市内の理髪店に乱入し、邪道、外道は堂々と整髪椅子に腰掛けた。しかし、一向に坊主頭になる気配はなく、はさみで毛先をそろえるだけ。ある程度、坊主頭に近くなった邪道も後ろ髪はそのまま。外道は完全に調髪したにすぎない。ただ、すっきりしにきただけだ。『坊主にしないんですか』の質問をとばすと、記者の首根っこをつかんだ冬木が『誰が坊主にすると言った』とにやり、『髪を切るとしか言ってねえよ』と邪道。『そんなに切りたきゃ、てめぇが坊主になれ』と外道が叫ぶと同時に押さえ込まれた記者は、他の報道陣の目前で冬木の持つバリカンで悪夢の身代わり断髪式を強行されてしまった。たこ八郎と化して唖然とする記者に『てめぇも新聞屋なら邪道、外道に続いて”報道”とでも名乗れ。子分にしてやるぞ』(以下略)

 この「報道」と名乗れが妙に強烈におかしかった。冬木は9月30日の博多大会では「そんなに髪切りが見たけりゃ、床屋大会にでも行け。」とも暴言をはいているが、案外この手の口のセンスはありそうでちょっと見直している。

 さて、もう一つWAR情報。前回「12月4日の両国大会は『天龍対ナガサキの金網』か。」と書いたのだが、この予想は大外れ、ナガサキの前シリーズに引き続く10月シリーズでの大暴れに、急遽11月7日千葉公園体育館大会でのシングル対決が決定した。詳細なルール(金網とか……)は全くアナウンスされていないが、横浜文化体育館と言う大会場の試合(8月26日)を軽く流したWARにしては思い切ったカード、前のWAR千葉公園大会は昨年の3月5日、メインは天龍、折原対越中、木村だったと思う。このころの折原は平成維震軍に全くの所相手にしてもらえず、この日もムーンサルトプレスを全て返されていた。まあ、その程度の扱いでしかなかった会場なのである。

 であるから、9月29日に前売りを買ったときもそれほどの重きを置いていなかったのだが、たまたま2階特別席にさほどよいチケットがなく、+1000円でリングサイド2列目が買えるタイミングだったので、2列目真ん中を押さえて置いたら、このカードである。全くのもくろみ違いではあるが実にラッキー。今から楽しみだ(ちょうど1月後だ)。

 レスラーの結婚話2題。今日の東京スポーツ(10月6日発売分)の1面は「前田 平瀬 婚約家族会議へ」となっており、女子プロゴルファ93年賞金女王の平瀬が前田の身上調査を終了し、後は平瀬一族の間で意見の一致を見るだけの段階まできたと報じている。この話はすでに昨年12月の段階で二人の間につきあいがあることを双方が認めていたからなんてことはないのだが、驚いたのは4面(プロレスのレギュラーページ)、「新日・野上がタレント佐伯玲子さんと結婚」の方。野上が結婚するのは別にどうこう言うことではない、闘魂三銃士につづく世代の三人組(なにか名前が付いていたのだが忘れた)サムライ、飯塚、野上がばたばたと結婚して新日の独身者平均年齢が随分と下がったのもああそうですかとなるのだが、こと相手が佐伯玲子となるとやっぱり驚く。佐伯玲子は知っている人ならば必ず知っているというプロレスに縁のあるタレントなのである。実はたまたまの偶然で私は佐伯玲子がプロレスとの縁を持つきっかけとなったテレビ番組をリアルタイムで見ているだけに感慨深い。あの番組は(ほとんど名のない)タレントが雑多なことに挑戦する真っ昼間のワイドショーだったのだが、その中で佐伯玲子は「全女に入門し、1週間みっちり練習し、最後には全女の『本当の』興行の第1試合でバイソン木村(全女東京ドーム大会に出場)とシングルマッチを行う。」内容だった。口で言ってもしょうがないからこれ以上の細かい説明はしないけれども、とにかく見ている人の7割は涙した感動のレポートだった。取り組む本人のひたむきさのみならず、コーチ役のジャガー(全女東京ドーム大会に出場)がクソがつくくらいにまじめに教えていたシーンはたまたまこの番組を見れた幸運を誰に感謝しようかと言うくらいだったのだ。

(1996年の補足:なぜ7割か?根拠はない。)

 きっと、ディレクタの気まぐれかなにかで体を張ったレポートにかり出され、プロのリングでチャンピオン(バイソンのそのころオールパシフィックのチャンプだった、たぶん)とシングルマッチをして以来、プロレスに深入りし、あげくレスラーと結婚してしまうなんて、

(1996年の補足:ここでファイルが終わっている。この後の続きがあったのかどうか不明。)

1994年10月17日
 新潟の田舎はまだまだ自然の残ったすばらしい場所であった。三面川こそ、水量の少なさと寒さに負けた気力により川下りを断念したものの、水の透明度2メートル以上の用水路や、ほとんど波のない穏やかな日本海、そして豊富な食べ物(サケを1本1K円で買い、フォイルにくるんで焚き火にくべる、一腹1K円で買ったいくらを醤油漬けにして食べたいだけ食べる……)十分に楽しませてもらった。さて、11月はどこへ……。

 WAR騒動の発端となった石川新団体の名称と(とりあえずの)陣容が発表された。

 なんと新団体の名称は「東京プロレスリング」。事前に名称は「**プロレスリング」であるとだけはもらされていたので、相撲軍団・嵐(元十両 花嵐)が参加することもあって名称は「相撲プロレスリング」かな?とも思っていたのだが、実際はもっと凄い名前だったわけだ。

 何故好き好んでかつてのつぶれた団体と同じ名称を付けたのだろうか。しかも、石川の団体は東京をベースに活動するわけではなく、地方を主眼に置いた活動をすると言う、事実旗揚げ戦は福井県で行われる。

 しかもだ、旗揚げの記者会見で「子どもに夢と希望を与えるような団体にしたい。」「ゆくゆくは日本少年相撲育成界という財団法人を作って、全国のちびっ子相撲の発展に尽くしたい。」なんて言っているのだが、いったい何のための団体なのか。日本相撲協会のプロレス部門でも担おうと言うのか?輪島もさすがにレスラーとしてではないのだが、レフェリーなどで引っぱり出そうとのことだが、いったい……。

 とりあえず、レスラーは10人以上確保しているとのことであったのだが、15日の記者会見に訪れたのは石川、坂下(相撲軍団マネージャ)と嵐のみであった。残りのメンバーは現在所属している団体との契約があるので、10月末の発表になると言う。WAR10月最終戦は阿修羅原LAST3最終戦(10月29日)であるから、さらにWARからの参加メンバーいたとすると時期的には一致する。

 それにしても、WARの台所事情がどうなのかは判らないが、東プロよりはまともそうな気がするのは私だけではあるまいに。東プロはWARや平成維震軍との交流を行いたいと、今でも表明しているが、武井WAR社長の怒りようを見ていると東プロとWARが交流できるとも思えないし、平成維震軍も旗揚げ戦にアニマル浜口、冬木、外道を借りるところを見るとWARとうまくやっていきたいのは見え見えである(実際10月16日のWAR甲府大会へ小原、小林、斉藤が乱入してアジった)。まさかアニマル浜口や冬木が東プロへ?いくらなんでもそこまではあり得ないだろうに。

 ところで、平成維震軍の旗揚げ戦は割とおもしろいカードが出そろった。メインイベントは、あの円形ノーロープリングを使った越中対タイガー・ジット・シンの完全決着デスマッチ、レフェリーには猪木を予定。セミが後藤とウィリエム・ルスカの異種格闘技戦(シンにしろルスカにしろ最近の外国人レスラー名表記は発音近づけるためかつてのそれと異なることが多い)。そのほかにはすでに述べたWARの3人が参加、SPWFからは谷津と高木が参加。全6試合。参加が確実と言われていた剛は参加しないようだ。何せ平成維震軍は7人しかいないので、あれもこれもと言うわけには行かないのだろう。もっともルスカとシンは特別参加だろうから、12月24日の第2戦には剛や高野拳磁の参加も望めるのではないか。

 この旗揚げ第1戦は当日が日曜日ということもあって久々に「行ってみようかな」と思わせる「天龍無し興行」だ。NKホールは観客動員の見込めない会場だから、かえって落ちついて見ることもできそうだし。10月29日に後楽園ホールへ行きそれなりのチケットが残っていたら、行ってみようと思う。(ちなみに14日のIWA庄和大会はパスした。)

(1996年の補足:この興行へも行かなかった。なお、IWA庄和大会が行われた体育館までは自宅から車で15分ほどであった。)

 昨16日の後楽園はマイナー2団体のダブルヘッダ興行だった。昼の部ユニオンプロレスの「国際プロレス94」は随分牧歌的に行われたらしいが、夜の部IWAのガラスデスマッチはひどい内容だったようだ。

 東スポを読むと中牧がガラスへたたき込まれたときに観客は息をのんだ的な書き方だったが、日刊では試合中誰もガラスへ落ちないことにじれた観客が「ガラス・ガラス」とコールをしていたらしい。想像するだけでもいやな光景だ。

 選手がガラスへ落ちることだけをひたすら待っているようでは、なんのためのプロ・レスリングなのだか判りやしない。

 ちなみにIWA11月シリーズはテリー・ファンクの3大デスマッチが売り、ファイヤーデスマッチと、バーブドワイヤーデスマッチにテキサスデスマッチ。

 現在テレビ朝日が「プロレス・アンコールアワー」を行っているが、テレビ東京もプロレス番組を開始する。朝日新聞の週刊テレビ欄で「新プロレス」となっているのを見つけただけなので、いったいなにをするのかは全く判らないのだが、過去の実績から行くとWARやパンクラスが有力か?国際プロレス94の会場にテレビ機材を持ち込んではいたがまさかユニオンプロレスを毎週放送するとも思えん。


1994年10月23日
 結局2万9千円出して、業界の標準アダプティックAHA-1542を買った。で、さっそく取り付けていろいろやってみたのだが、毎回"Bios not installed! No INT13h device!"と表示されてしまう。したがって、その後に走るconfig.sysや、autoexec.batでの設定も全てエラーとなる。マザーボートに設定されているNCRのSCSIチップはマザーボードのBIOS設定で無効にしてある(有効であれば表示されるメッセージは出ないし、AHAの方でも他のSCSIボードはないとの判定を返してくる)。AHAのユーティリティ"Scsi select"は立ち上がるのだから、全く動かないわけでもない。AHAとすでにISAバスに取り付けてあったサウンドボードはアドレスがかち合うので、それぞれの設定を変えてみたり、サウンドバードをはずしてみたりしているのだが……。職場に同じAHA-1542をセットしているAT&TのPC-ATクローンがあるので、明日、そちらで試してみようと思っている。そちらで動けばうちのマシンではSCSIインタフェースをまともに使えないと言うことか?(そんな間抜けなPC-ATクローンがあるか?)

 ちなみに、マザーボードに設定してあるNCRのSCSIをOS/2 J2.11で使おうとすると "The system detected an internal processing error at location 1000:0bb2 -0002:0bb2. 65535,9051 NCRADD:One or more of your scsi host adapters is malfunctioning 04860064 internal revision MR1-17 94104R5.
The system is stopped. Record the location number of the error and contact your service representative."
と表示されてしまう。全く、うちのマシンは32ビットOSも無理なのか?Microsoft Windows3.1を使う分には支障なく動いているのだが……

 話変わって、フリーソフト(シェアウエアかもしれないが)で、.wavファイルをサウンドボード無しのマシンのビープ音で再現する"Speaker"というのがあると思う。これのPC98版を職場のPC98にインストールしたのだが、結構きちんと鳴る。で、これのオリジナル版(PC-ATクローン用)を入手したいのだが、持っていないだろうか?NotePcのスピーカーが古びて音量が出なくなってしまう前に鳴らしてみたいのだが。

 土曜日(10月22日)に全日本の武道館大会があり、川田がスティーブの王座に挑戦した。したがって、その日の深夜にはテレビ中継があったはずなのだが、前述のSCSIインタフェース不調もあって、ビデオ録画もしなかった。新日本も同様の扱いだ。どうにも、熱意がわかない。困ったものだ。それでも、平成維新軍や高野拳磁、ユニオンプロレスの地方会場などには食指が動くのだが。まぁ、いつもと同じ愚痴りだ。

 段ボール箱に入れっぱなしになっている週刊プロレス雑誌を少し整理しようと内容を確認していたら、ミスターポーゴがヒール側のエースとして活躍?していた92年前半のW・ingがグラビアを飾っていた。団体がやたら滅多ら増えて、たいていのレスラーならばどこかへ流れていく最近だけれども、このグラビアに出ていただけでも戸井、徳田、島田、三浦などが消えている。10月28日のFMW後楽園大会がW・ING同盟の主催興行となったこともあり、島田あたりが出てくるとおもしろいのだが(もっとも、島田にはヒールファイとはにあわないけれども)。伊藤(WAR→新格闘プロ青柳派)も最近また消えてしまっているので、東京プロレスでもいいから復帰しないだろうか。もっと、応援しがいのある30代中盤以降のレスラーが増えないだろうか。


1994年10月26日
 いつの頃からか、週刊ファイトは他の2週刊誌とは発売日を違えて水曜日にはキオスクで買えるようになっている。ちょうど日付的にプロレス関係の長めの読み物に飢えていることもあって、ついつい買ってしまう。このあたりは週刊ファイトの読みにはまっていると言ってもいいかもしれない。

 さて、今週の週刊ファイトで「私の」目を引いたのは東京プロレスリング代表「石川敬士」のインタビュー記事。結構強烈だ。

 「(10月15日の東京プロレスリング』設立記者会見に)全員顔をそろえたかったんだけれども、今はそれぞれ事情がある選手ばかりだからね。ある選手は『自分の店がオープンしてから』というし、まだ契約が残っている人もいる。こう言っちゃたらわかっちゃうんだけどさ(笑い)。」自分の店が……は維新力だろう。維新力は引退発表後に随分と早く吉祥寺に「どりんくばー・維新力の店」をオープンした。欠場していたのは夏からなので、あらかじめ準備をしていたとも言えるが……。契約の残っている選手は一体誰か?もうNOW(10月で活動を一時停止し、95年に新名称で再出発の予定)のアポロ菅原、川畑、三宅が東京プロレスへ移動することは確定しているが、それだけではまだまだ数(当初から言われている12から13人)が足りない。

 同じ記事の中で、「自分の意見で動ける選手にきてもらうよ。北原、冬木にしても『自分に正直であれ』と言いたいよ。もちろん天龍とのしがらみもあるだろうけどさ。」と出ているということは、北原、冬木は今の時点では移動しないわけだ。

 現在WARと契約を結んでいる選手は、アニマル浜口、北原、折原、平井、安良岡、太刀光(元・相撲軍団大和)、ウルティモ・ドラゴン、栗栖、冬木、邪道、外道である。ファイトでは「東京プロレスリングは以前のWARと変わらない顔ぶれになりそうだ。」と推測しているから、残るのはアニマル浜口、北原くらいになってしまうのだろうか?石川の話だと95年1月に契約が切れ東京プロレスリングへ移動する選手もいるという。WARは1月と7月が契約更新時期っぽいから、天龍が「12月4日以降は白紙。」と言っていることも合わせ、94年一杯でWARは解散するかもしれない。

 さて、石川のインタビュー記事で一番強烈なのが、(天龍が石川と闘うというのならば武井社長が辞めると言っていることについて)「まぁ、感情的になっているという部分もあるんでしょう。これからどうなるかだよね。でもオレにとってWARにいた頃の武井さんよりも、今こうして辞めてからわかった武井さんのイメージの方が大きいんだ。『こいつだけは許せない』って、そう思うよ。オレの天龍と闘いたいという気持ちは変わらないし、こればっかりはどう転ぶかわからないね。武井さんが辞めることになるかもしれないしね。」の部分。

 これには何とも言いようがない。

 10月25日神奈川県南足柄市でNOWはナガサキ、川畑、三宅対冬木、邪道、外道の「有刺鉄線ボードマッチ」(場外マットの代わりに有刺鉄線ボードをおく」を行った。試合の結果は冬木スペシャル2(足首固めと言うことだ)で冬木が三宅を葬ったのだが、今回の憎まれ口はNOWばかりでなく平成維震軍へも向けられたとのことで、「小林、斉藤などが相手ならば、オレは出ない邪道、外道で十分だ。オレは越中しか相手にしない。」と11月13日の平成維震軍NKホール大会の欠場を宣言。他方、剛竜馬は同大会への乗り込みを宣言。この状況からするとカードの変更があるかもしれない。そういえば、平成維震軍が初めてWARへ乗り込んだ、92年9月の横浜アリーナ大会では「天龍対越中」が確実視されていながらも、天龍はフレアーとのWWF戦を行い、越中は木村と組んで、冬木、北原組と対戦した。ちょうどそのときの逆のパターンで、越中はこのまま過去のビックネーム、タイガージットシンとの対戦を強行するのも一興かもしれない。もっとも、越中のキャラクタからするとシンとの試合は結構いい試合になると予想している。

 NOWの試合結果を東京スポーツで見ていたら、オリプロでデビューし、新格闘プロで短期間試合をしていた平野が試合をしていた。彼がNOW所属となったニュースも聞かないし(通常のプロレスニュースであれば、毎日、日刊スポーツと東京スポーツ、週刊専門誌も書かさず買っている私が知らないことはほとんどないと思う)、ポイズン澤田、松崎などのユニプロ選手もレギュラーで上がっているところを見ると、実際のところでは、○○所属などと言う考え方はインディーに限って言えば無意味なのだろう。

 谷津が吉本興業と提携を結び、活動を行って行くことはすでに周知のニュースだが、その谷津と吉本興業の第1回イベントにジョージ高野が参加する可能性があることが、今回の仕掛けを行ったリング・サイドにより発表された。リング・サイドはかねてからジョージと親交があったのであながち裏付けのない話ではない。これだけリングが増え、ジョージほどの使い手ならばどこにでも口はありそうなものであったが弟の拳磁と縁を切ってからは旭川へ引っ込んでいた。まだまだ活躍して欲しかった選手だけに大きな期待がもてる。

 10月29日の後楽園ホールは阿修羅原LAST3最終戦。最終試合の「時間差バトルロイヤル」で原と天龍が残ったのは偶然とか、計算とかではなく、必然。バトルロイヤルを行うことが発表されたときには「最後の原対天龍のシーンを見せてくれるのだな。」くらいにしか考えていなかったが、私の想像を超越して、阿修羅原は最後の最後まで阿修羅原だった。引退の試合で、血を吐きながらも天龍に立ち向かって行き、ついに力つきた姿に、本当に久しぶりにレスリング会場で涙を流した。悲しいとか、これで終わりだとかなにかではなく、とにかく訳もなく涙が流れた。詳しい会場の様子は別途送付する週刊誌などで見てもらうこととして、忘れられない試合となった。

 阿修羅原を気持ちよく送り出すことができたからか、天龍も「阿修羅が、これから『オレが居た会社だ。』と胸を張れるように、WARを大きくしてゆかなきゃいけない。」と語り、引退ムードは吹き飛んだ。これと同時に年末シリーズ「MEGA★POWER」のカードが発表された。

 目を引くのは剛竜馬が大阪、両国で浜口とタッグを組んでの参加。また元相撲軍団「大和」の太刀光が早くも再デビュー、12・1船橋大会では天龍・北原・太刀光対冬木・邪道・外道でメインイベント参加。12・4両国大会ではナガサキとのシングルマッチ。また、WARの副社長格北原は期待の大きさを物語るかのように、大阪では天龍とのシングルマッチ(セミファイナル)、両国ではビガロ、カサノバとの巴戦参加となった。

 また、95年1月シリーズの日程も発表となった。1月6日静岡県営草薙体育館で開幕し、神奈川・南足柄、後楽園ホール、熊谷、水戸を回る。とりあえずこれで95年も安泰だ(?)

 新日本プロレスのSGタッグ戦も決勝戦を迎え、武藤・馳組が優勝した。また、スーパーストロングマシンは案の定?蝶野と仲間割れし、ついにマスクをはずした。蝶野は「(マシンは)マスクを脱ぐためにオレをダシにしやがった。」と話している、何となく裏方の雰囲気がわかる感じ。その実力を高く評価され、いつマスクを取るのかがずっと期待されていた平田が今後どう動いて行くのか、駒のそろった新日でインパクトを残すことはできるのだろうか。結局ブロンドアウトローズ、レイジングスタッフ、WAR、反WARとどれ一つ成功していないのだが……。

 同じ日に盛岡では(29日には日本シリーズジャイアンツ優勝と阿修羅の引退があって、30日には競馬G1天皇賞と新日のSGタッグ決勝、そして、盛岡の試合があった。なんと豪華な週末であろうか。おかげで、今日(10月31日月曜日)の東スポはどのニュースも中途半端だ)、グレートサスケ対大仁田の「ノーロープ有刺鉄線電流地雷爆破ダブルヘル時限爆弾デスマッチ」が行われた。なんか凄い試合だったらしいけれども、阿修羅の引退試合に比べてしまうと、印象は100分の1にもならない。

 10月31日の新潟大会を最後に休止状態に入る藤原組は95年4月から活動を再開、新しい方針として、さらになんでもありを目指すとのこと。今度こそ、藤原対熊の再戦か?

 藤波が国内での通算試合数が2999となった。年取るわけだ。

 11月20日の全日本女子東京ドーム大会で復帰するライオネス飛鳥(31)の新団体にあのジャガー横田(33)が選手として参加するという。ここ10何年かの女子プロレス史上最高のレジェンドであるジャガーが復帰することは喜ばしい反面不安も多い。本人は「コーチを続けていたから、(体力面などは)大丈夫。」と発言しているが、89年(または90年だったか?)のライオネス飛鳥引退試合で見たジャガーはかなり危なっかしいところがあったように思える。デビル雅美が今でも現役を続けているが彼女はブランクが少なかった。また、飛鳥は同じくドーム大会に出場する小倉由美(中華料理店副店長)、バイソン木村(中華料理店勤務)へも復帰を要請しているが、どうせならば大森ゆかり(すっかりやせた)とか西脇ミツコ(LAでボイストレーニング中らしい)だとかの「芸能界で失敗した組」も復帰させてしまったらどうか。

 女子プロレスの団体(と言うよりもプロダクション)が増えたのには、全女の「25歳定年制度」(今はなくなった)がよい影響をなしているといえる。どうせならば、男子プロレスも同様に25歳(またはデビュー6年程度)でフリーエージェントになることのできる制度を発足させたらどうだろうか。結構盛り上がると思うけれども。


拾遺レスリングハイトップページへ戻る
メインページへ戻る