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ぎらどらす西へ 1988年6月19日 新日本プロレス サマーランド駐車場、後楽園ホール大会 観戦記
(1996年の補足:雨天の影響で、新日本プロレスが、昼がサマーランド、夜は後楽園ホールのダブルヘッダー興行を行った。単にその興味だけで昼、夜両方へ出かけた。題名の「ぎらどらす」は当時使っていたペンネーム、「・・・西へ」は「ウルトラ警備隊西へ」のもじり。両方とも「ウルトラセブン」からの引用である。)

 最後にサマーランドへ行ったのは、もっともそれ一度きりだったけれど、15年程前だ。地図で当たりを付けた駅でおり、駅前の地図を見るとタクシーで15分だと言う。バスに乗ろうとしたら後1時間ぐらいは来ない。タクシーで15分、大方この手の地図は多めに時間を言うだろうと勝手な解釈をし歩き出した。しかし唯一の計算違いは都心のタクシー15分とこの田舎のそれとの間には、それこそ曇り空と泥の違い程もあったのだ。更に追い討ちをかけたのは、会場である第二駐車場はサマーランドの一番奥に位置していたのだ。重いアルミのカメラケースにのろいの言葉を浴びせながらたどり着いた所で見たものはバックに山のある日当たりの良いのどかな所だった。
(1996年の補足:「曇り空と泥の違い程」、サークルのメンバーで「雲泥の差」を「曇泥(どんでい)の差」と誤って使用した者がいた。それがサークル内のはやり言葉となり、皆「どんでいのさ」と言っていた。彼は他に「油に水を注ぐ」(「火に油を注ぐ」の誤り)などの言葉を残した。)

 自由席はなかったので指定券を買って中に入り自分の席を探すとなぜか席の位置を示す『列』が飛び飛びになっていた。こんなところで見栄を張っても始まらないだろうに。これがもし前売りを買うものに少しでも高いところを買わそうとの意図に基づくものであるとしたら許しがたいものがある。

 会場の隅では、タイガー服部、オウエンハート、そして期待のデイブピーターソンが歓談中。こんなときはせつに英語ができたらとのぞき見趣味的に思う。そばによって見たピーターソンの太股にはう太い血管を見て嬉しくなったりしていた。

 この日出たドクトルワグナーJrの兄か弟かのドクトルワグナーJrは昨年僕にわざわざ後楽園ホールまで足を運ばせたほどのサマーソルトアタックの使い手だったけれども、昨年のドクトルワグナーJrの兄か弟かのドクトルワグナーJrは太めでドロップキックと言えばさながらウルトラファイトのイカルスのやるそれのようなもので、「何だこいつは。」的ドクトルワグナーJrではあったけれども、昨年のドクトルワグナーJrの兄か弟かの「何だこいつは。」的ドクトルワグナーJrは懸命にメキシカンストレッチをかけまくったりして少なくとも昨年のドクトルワグナーJrの兄か弟かの「何だこいつは。」的ドクトルワグナーJrの「何だこいつは。」的は僕の記憶バンクで更新処理を受けて、昨年のドクトルワグナーJrの兄か弟かの「この日出たドクトルワグナーJrの兄か弟かのドクトルワグナーJrとはまた違って楽しめる昨年のドクトルワグナーJrの兄か弟かのドクトルワグナーJr。」的ドクトルワグナーJrだなとなった訳であった。

 鬼瓦がマスクを付けて市役所職員みたいな「痩せ保永負けるな一茶ここにあり」と、いつかはいいたい奴に勝ち、コーナーの山田が盛んに「輪島、輪島。」と言うので「何だなんだ。」と思っていたら荒川がアームボンバーをやってどっと受け、若松がナガサキとポーゴについて来て賑やかしたと思ったらガスパーズにもついて来て賑やかしていたけれどもそれでも対戦相手が藤原と木戸だったので「あはあはこれはおもしろい。」と見ていた。

(1996年の補足:「鬼瓦がマスクを付けて」、エル・カネックのことである。何かの記事にカネックの素顔は鬼瓦のようと出ていた。)

 さてはてこのような所でおそらくアドニスの最後のシングルマッチを見るとは論理的に考えて見なくともそのときは思ってもみず「これはもうけもの。」とウキウキしていたのだ。ひとつ前の試合のころから控室から出て来ていた彼はナガサキの用いたであろうケンドースティックを背中に回し軽く体を動かしていた。来日前に見たグラビアの彼よりもかなりシェイプアップしていたのは頼もしい限り、まずはひとまず安心。それでも確かにリングに上がって件の革ジャンを脱げばかなりのだぶつきはあるものの、気にいってしまえば顔が大きかろうが、目が細かろうが知ったことではない。相手は坂口。頑張れアドニス。言うまでもなくここはサマーランドの駐車場であって国技館はおろか東村山でもないのだから「このやろこのやろ。」とはやらないけれども彼一番の得意技「アーレー、ロープにからまっちゃうから好きなようにしてちょうだい。」が何の滞りもにせずに行われたときには「これでまた楽しみが増えたな。」と嬉しかったのである。

 前編で書いた手前藤波の試合にも触れておかねばならんのだけれども、触れておかねばならんというぐらいだからなんてい事はなくもう止めた。ドラゴンスリーパーはやったぞ。

(1996年の補足:「前編で書いた」。「ウルトラ警備隊西へ」が前後編であったことを意識して、「ぎらどらす・・・」も前後編であった。前編では「藤波も革命を口にするのであれば、天龍を見習え・・・。」のようなことを書いた記憶がある。)

 メインイベントでピーターソンが負けた頃にはもうどうやって後楽園ホールへ行くかを考えていてろくすっぽ見ていなっかったのが現実だ。この頃にはもうすっかり田舎試合に辟易して早く後楽園ホールへ行きたかったんだな。

 後楽園ホールについて最初にしたことは、はたして長州対藤原がきちんと行われるのかどうかの確認だった。実はこの日のデイリースポーツでは本日のカードとして長州が何の変鉄のない6人タッグに出ると報じていたからだ。もし本当にそうだとすればついに後楽園ホールでも一騒動か、とサマーランドから一緒に行動していたI氏とウキウキしていたからだ。しかしそれも単にデイリーの誤報と分かると後はむしろ早く一日二試合見るという行為を早くおしまいにしたいだけの心持ちとなりジリジリした。周囲にも一日二試合組が多く、隣に座っていた人もその組だったので少し話をして、暇を潰した。

 運搬が遅れたのか試合が開始されてもリングの周囲に張り巡らせる幕がないままだった。そのためにリングにたたきつけられる音が凄まじかった。根が全日ファンだし、サマーランドですっかり新日を見くびっていたから「う、こんなはずでは。」などと思ってしまい僕の全日度も増々高まったなとの感を強めた。

(1996年の補足:この頃は、バリバリの全日派であった。)

 そんな僕でも第一試合の佐々木対野上での二人の動きは現時点で数少ない新日が全日に対し優位を保っている点だろう。この二人の動き合いでさえI氏によれば過去の幾つかの前座名勝負に比べ劣るというから全盛の新日恐るべしだ。

 それにしても私は声を大にして叫びたい。「おのれらサマーランドをなめとんのか。」どいつもこいつも特にサマーランドでベイダー相手のハンデキャップにぼろ負けしたジョージ高野、こいつら一体何なんだ。 さて長州対藤原。この日一番の期待されているカードであることは一目瞭然。それでいながら結局のところビデオの予告編のような展開であっさり終わってしまった。どうしてか、僕には分からない。

 実は、と改まるまでもなくこの日が新日・後楽園大会を始めて見に来たのだったけれども、既にUWFが旗揚げしているからか噂ほどの辛辣なヤジも飛ばずにメインを迎えた。ただしメインの時の観客のノリ自体はマードック、アドニス対ベイダー、斎藤という少し前の全日に能くあったような、そして新日ファンに「だから全日は。」と言われたような外人同士の対戦だったからか冷え切っていた。ベイダー、やはりデカイ、サマーランドでレンズ越しだったとは言え目を合わせてしまったときには図らずも恐怖した。スペック以上の見栄えを持つ彼、一度鶴田と対戦させたい。そんなベイダーに我らがアドニスも果敢に攻め込んでは行ったものの、コーナーに逆さ釣りにされて、そして雪崩式にと二度のスクワッシュを受けジョー樋口の悠久の時を越えるカウント3を持ってしても救われないあろうほどの見事なフォール負けを喫してしまったのは残念至極だ。しかもベストパーナーだったオートンが賑やかしている最中、全く知らないうちにいなくなっていた。そのときはまだ「でも、本当に入った3カウントを見たのは久し振りだなぁ。」などと半ば喜んでいる部分もあったのだけれど。

 と言う訳でアドニスと言えばこの3カウントを「太るからこいつには鶏肉しか食わさない。」とかたっていたマネージャー・ブラッシーの言葉よりちょっと先に思いだすんだな。

 なに、藤波、そう言えばどうでしたっけねぇ。


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