【タイトルページ】 【What's New!】 【天龍源一郎 必殺技大鑑】 【アメリカでプロレスを見たことがある】 【Junk Yard】 【あまり役に立たない情報】 【観戦レポート】 【Wrestling Highについて】 【でんのう隣組】 【最近のヨシカワチサト】

拾遺レスリングハイトップページへ戻る


ウルトラセブンのダイビングボディーアタック
▲ねッ、アイスラッガーが貧弱でしょ。サンダーライガーの「角」が許される今日だったら……。
セブンばかりでなく、マジックドラゴンもいるね。
▲新生タイガーマスクを見上げるセブン(黒地のマスク)。となりにはマジックドラゴンが。
高杉も息の長い活動を続けている
▲もう変身することはないのか、高杉。
思いでのレスラー ウルトラセブン

文:ゴドラえもん

1997年の補足:僕がかつて所属していた早稲田大学プロレスリング総合ファンクラブ「ファイター」の機関誌「Fighter Super Suplex Vol.2」に寄稿した原稿。ペンネームはウルトラセブン「マックス号応答せよ」に登場した「ゴドラ星人」と「ドラえもん」の合成。

(初出:Fighter Super Suplex Vol.2 1988年7月1日発行)


 確か「次次週のカード」としての登場が私の目に初めて飛び込んできたプロ・レスラー「ウルトラセブン」だったと記憶している。そのころはまだ月刊プロレスなどを丹念に読むなどと言うことをしていなかったので、この字幕が最初の情報だったのである。(実は、この頃の月刊プロレス誌には、近々全日マットにウルトラセブンが登場、と言う記事と元国際プロレスの高杉正彦の近況とが同じコーナーに載っていて分かる奴には分かるようになっていたのである。)

 当時すでにウルトラセブンマニアになっていた私はちょうどその頃新日マットにはウルトラマンが上がっていたこともあり、いろいろ想像たくましく初登場の日を待っていたのだった。

 そしてその初登場の日、確かタッグマッチだったと記憶しているが、思っていたほどはかっこ良くなかった。やはりプロレス用マスクという制約から頭上のアイスラッガーがなんともしまらない。それに体型も今一つと言った感が強かった。それでも「ダイビングアイスラッガー」なるオリジナルホールドなぞを見せてくれて期待もしてしまった。

 ところがである、M78星雲のセブンはめっぽう強かったのに比べて、マット上のセブンは弱かった。1982年7月9日熊本での大仁田に挑戦したインターJr.戦ではサンダーファイヤー2で首をグニャと曲げられて負けてしまったのである。(なおこのサンダーファイヤー2を見て私はすっかり大仁田ファンになってしまった。)

 すっかりテレビにも出なくなったウルトラセブンを思い出したのはやはり会場に行くようになってからである。ところがセブンの不人気ぶりはヒドイものであった。同時期に佐山タイガーがいたことが最大の不運だったのだが、なにをしても罵声を浴びる。登場してコーナーポストに上がればそれだけで文句を言われトペに行くのをやめてロープでくるりと回れば回ったでまた文句が出る。これではどんなレスラーでもヤル気を失う。会場に行くたびにセブンの試合はイージーになっていった。そのうちすっかりどうでもいいレスラーのリストに入れてしまい、会場でも流して見るレスラーになった。

 最後にセブンに注目したのは1984年の8月26日、全日本プロレスとジャパンプロレス興行の業務提携記念大会である。セブンが凄い試合をしたとかではなく、後日自分で撮った新生タイガーマスクがコーナーポスト上に立っている写真を見たら、そのタイガーマスクをリング下からセブンがポカンと眺めているのを見つけ、これでセブンも終わりだなと思った。だからかどうかは知らないがその年の最強タッグ前に外国へ行ってしまった。

1997年の補足:「その年の最強タッグ前に外国へ……」これは全日本プロレスからの実質解雇だったようだ。

 これ以降セブンは我々の前に姿を見せない。私は時々自分なりの「プロレスラー ウルトラセブン」を考えてみる。マスクは……、タイツは……、フィニッシュホールドは……、しかし無敵のウルトラセブンを実現できる方法を私は知らない。やはり、この手のレスラーは空想のマット上で戦わせるに限るようだ。

1997年の補足:「これ以降セブンは……」高杉はパイオニア戦志マットでマスクをかぶって「スーパーセブン」を名乗り獣神サンダーライガーと試合を行った。「ウルトラセブン」を名乗れなかったのは円谷プロダクションとの版権問題があったのか。


拾遺レスリングハイトップページへ戻る
タイトルページへ戻る