「プロ」レスラー ミスターポーゴ、北都の闇に消え行く、
天龍の「想い」、ポーゴに届かず。

1996年4月19日 北海道 札幌中島スポーツセンター
WAR 革命翔舞 '96
特別試合 時間無制限1本勝負
○天龍源一郎 (5分40秒 試合放棄) ミスター・ポーゴ×


 はたして、天龍対ポーゴは何のための試合だったのか?

 もしやすると、天龍の「強烈」な片思いの恋だったのではないだろうか。

 天龍は言った、「あいつはトップなわけでしょ!?」。【1月23日後楽園ホールでの騒動の後に行われたインタビュー(週刊ゴング NO.600)】

 天龍はポーゴのスタイルを把握していながらも、プロレスラーのトップたるものの、プライドを信じてWARへ上げたのではないか。プロレスラーであり続けることにプライドを持っている天龍であれば、今のプロレス界においてトップとして扱われているポーゴの持っているであろうプライドへの信も厚かったに違いない。

 そして、BIを倒し、ハンセン、ブロディと鎬を削ってきた今、残された未開の地「ミスターポーゴ」との対戦は天龍の気持ちを高ぶらせるに充分だったのではないか。

 1月23日後楽園ホール、「泣き言」を言い出したポーゴに天龍は裏切りを感じ、一度は別れを決意したものの、北の街で再会した。

 ついにリング上で対峙した二人、天龍は「おまえなんか5分だ。」とのマイクアピール、そして「グー突っ張り」「顔面への蹴り」を繰り出す。それは、かつて全日本で「あえて」イスを使って相手を燃えさせようとしたのと同じ文脈を感じさせた。

 結局、ポーゴは天龍の「激烈」な恋に応えられなかった。ポーゴは逃げた。自らの「息子」を名乗らせたポーゴジュニア(闘龍)をも置き去りにして。そこには微塵のゆとりも感じられず、ひたすら逃げていった。

 ポーゴがトップのプロレスラーとしてプライドを今も持っていたのならば、「グー突っ張り」を受けて、それこそ天龍が鶴田に対して「ここでこいつをやっておかねば一生越えられない。」【1988年10月28日に行われた鶴龍戦後の天龍インタビュー】と思ってぶつかっていったのと同じ様にぶつかっていって欲しかった。

 有刺鉄線・地雷バリケードマットへと全身を使って突入していった、「プロ」根性の固まり、ミスター・ポーゴは北都の闇へと去っていった。そして抜け殻だけが、今日もどこかのリングに姿を現すだろう。



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