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92年7月21日 テキサス州ダラス・ロングホーンボールルーム
NAWA(North American Wrestling Allegiance) 定期戦【1】


キミはキラーブルックスを覚えているか。

ロレスリングの本場はアメリカから日本へと変わった……こんなことを口にするヒトもいる。すでに92年の頃でさえアメリカのレスリングファンはネットを通じて日本マット界の情報を誰よりも早く手に入れ、日本人ファンよりもディープに日本マット界を見ていた。

 アメリカのレスリングニューズレターには日本マット界の情報が裏表渾然一体となって満載され、全日本プロレスの武道館大会にはアメリカからファンが駆けつけていたのが現実だった。

 それでも、アメリカマット界にはまだまだ日本マット界にないものをたくさん持っていたのだ、例えばこのNAWAの定期戦、これである。

 当時、ダラスの街ではプロレスリングの定期戦が週に数回、ボクが地元紙ダラスモーニングニュースで確認できただけでもNAWA(火曜日)、BigDプロ(木曜日)、GWF(金曜日)とある。

 今となっては東京でもこれに類する頻度でレスリングを見ることもできるし、地元に根付いた団体もある。日本マット界はアメリカマット界を追いかけていると見てもあながち間違いではあるまい。


 さて、NAWAの定期戦、会場はダラスのはずれ、インダストリアル通りにあるLonghorn Ballroom。
 この日、オースチンからクルマでダラス入りした僕たちは、当然のように会場を見つけるのに一苦労。地図を見たところで、はっきりと分かるように載っているわけでもなく、その上、クルマを止めて地図を確認していたら、とてつもなく息のくさい黒人にたかられるは散々。
 ようやくたどり着けたLonghorn Ballroomはいわゆるダウンタウン、白昼なのに人影はない。もしも、こんなところでHold Upとやられたら全くなすすべもない。こちらの人たちが口にするDowntownの辞書には出ていない意味をなんとなく五感に感じる。
 それにしてもでかい看板、写り込んでいるヒトと大きさを比べてみて欲しい。
 試合開始は午後8時なので、会場へはかなり早めに着いてしまったのだが、とりあえずチケットでも買えるのではないかと会場へと近づく。何があるのか分からず危ないので、同行したKクンを先に行かせる(笑)。
 会場へ近づくと、幸運にもレスラー達がリング資材の搬入をしている最中であった。早速英語に堪能なKクン(彼はテキサス州立大学オースチン校に在学中だった。何から何までお世話になりました)にチケットの件などを聞き取りしてもらうと責任者が出てきたのだ。
 で、その責任者というのが日本でもおなじみキラーブルックスだったのだ。こんなところで、名を知ったレスラーに会えるとは思っても見なかった僕らは舞い上がり、また、キラーブルックスも我々が日本からやって来たと伝えるといたくお喜び。「俺はジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、長州力と戦ったことがあるんだ、知っているか。」「今度WINGと言う団体へ行くことになっている。」と一くさりを聞いた後に、写真撮影の許可を求めると作業中のレスラーを集めてくれさえもした。そこで、Kクンを交えてまずは一枚。(なお、キラーブルックスのWINGへの来日は実現しなかった)
 さらに、驚いたことにリング設営を手伝えと。それが左の一枚。NAWA代表キラー・ティム・ブルックス氏自らが撮影者を買って出てくれた。遠くダラスの地でリングの組立 までした日本人レスリングファンもそうはいまい。【2ページへ続く】

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全ての写真は吉川知里が撮影したものです。
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