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2000年1月(2) |
| [ 最新の夜話 ] | |
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mailto:chisatoy@fighter.gr.jp | |
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▲プロレスアルバム50「天龍源一郎」(恒文社)
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▲プロレスアルバムに掲載されていた藤崎忠博名義のイラスト(部分)
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このプロレスアルバム50「天龍源一郎」は昭和59年(1984年)11月15日、ちょうど長州力率いるジャパンプロレスが全日マットへ上がる直前の、天龍選手への注目度がググッと上がっている最中に発行されたもの。今、手に取りページを繰ると、あの頃の熱気がまざまざとよみがえってくる。
懐かしさとともに読み進めてゆくと「天龍イラスト&写真大集合」と言うコーナーがある。ファンが撮影した写真とファンが描いたイラストが掲載されている一ページだが、そこで一番大きなイラスト(右にその部分を掲載)が目に留まった。
作者は「福岡県遠賀郡 藤崎忠博 14歳」。この名前にピンとくるレスリングファンもいるだろう。この作者、後年レッスル夢ファクトリー YF:21のプロレスラー藤崎忠優になるのである。
思いがけぬ発見に、これから藤崎忠優の試合を見る目が、少し変わるかも知れない、な。
この週末、千葉県野田市にある実家へ帰ってきている。僕が持っているプロレス資料のうち古めのものは実家に置きっぱなしになっているので、それらをかき混ぜることは実家へ帰る楽しみの一つとなっている。
かき混ぜた中に天龍選手の本「宣戦布告」(冬樹社 ISBN4-8092-3041-4)があった。この本は1990年10月15日が初版第一刷と表示されている。ちょうど全日本プロレスからSWSへ移籍し、試合から遠ざかっていた時期に出たもので、天龍選手個人の本としては初めてのものだった記憶がある。
この本を拾い読みしていたらこんな部分があった。「六章 彩−素顔」では食べ物について語っているのだが、その中で「で、何が好きかって聞かれると、これはもう、文句なく、寿司。」として後で
味や盛り付けは、人それぞれ好みがあるから、何とも言えない部分があるんだけれど……俺はね、銀座にある『おざわ』っていう寿司屋が、いいなぁって思ってる。となっている。
日本一うまい!とは言わないけど、雰囲気がね、イイ。
「これは旬のものですから」
とか、
「これ、ちょっと食べてみて下さい」
って、出してくれるモノがね、実にしゃれている。俺は、ボリュームよりも見た目がきれいな方が好きだからさ、よく、この店に行ってるね。
十年前の本に書かれていることが、今まさに”しま田”にあるように思える。どうだろう。
これ以外にもなるほどとなる箇所が多数ある、内容保証済みのこの本、未読のファンにはぜひ古書店巡りをしてででも入手して読んでもらいたい。ちなみにこの本、奥付の企画・編集協力に”小佐野 景浩”とクレジットされている。さすが、である。
3連休も終了。連休前に見得を切ったほどにはページに手をかけられなかったけれども、トップページから「調整中」の文字を消せたからとりあえずはこれで良しと。
この連休中の進歩、それは土鍋でご飯を炊くことが上手になったことだ。今まで使っていたマイコンも何も付いていないえらく古い電気炊飯器で炊くそれよりも何倍もおいしく炊ける。しかも、土鍋だからそのまま食器になる。このあたりもポイント。
長時間のマウス遣いですっかり堅くなった右肩をほぐそうと、ダンベルワークをしたらバキバキと右肩が鳴った。それはもう気持ちが良いくらいに。おかげで右肩は好調に。肩こりには思い切った運動、これが一番効く。嘘じゃないよ。
もうっ、かぜ引いてばっかり。体に問題があるとかではなく、この時期に何も着ないで寝たり、夏用のスーツだけで外出したりしているからこうなるのだとは、これまでの体験から痛いほどにわかってはいるのだけれども、人間がバカにできているのでそのことをすぐに忘れて、また振り出しに戻る。
事情により、ってのも変な書き方だけれども、8日からの3連休は予定が全くなくなってしまった。なので、この3日間はレスリングハイに注力する予定。ヨーロッパからの新情報も年末に入手済み、必殺技大鑑の開発予定ロードマップも作ろうかなと、休み明けの火曜日(11日)をお楽しみに。
天龍ファンのみなさま、天龍選手の次回試合日程が決まるまでの無聊はレスリングハイでお慰め下さい。...と言うことと理想は大きくしておこうと思ふ、新春の日々ではある。
2000年最初のレスリング観戦は東京ドームで行われた天龍選手のIWGP王座初防衛戦。あまりに凄すぎるタフマッチの最後に訪れたのは、「あぁっ」と思わず漏れる叫び声、そして目前の3カウントフォール。IWGP王座からの転落。
無限に勝ち続けることはないことは確かなことだから、いつかは王座転落の場面に出くわさざるを得ないと覚悟はしていた。それでも、いざそれが現実に、そして想像していたよりも遙かに早く目の前に突き出されるとなると、気持ちの落ち込みは否めない。
そのことは、応援しているファンよりも何より闘う本人、天龍選手にとっても同じだったのではないだろうか。試合後のインタビューでは「本当に疲れた」「すべての夢が消えた」と弱気放つ言を口にしたと言う。
確かに様々な点で天龍選手を取り巻く状況には厳しいものがあるかも知れない。それを思えば弱気な発言も宜なるかなとは思う。
宜なるかなと思うがしかし、天龍選手はこの状況からもなお動き出すはずだ。そしてそれがまた僕らの知らなかった新しい冒険になる。IWGP王座は手放した。このことは確かに一つのことの終わりではあったけれども、同時にまた新しい冒険が始まる瞬間でもあったのだ。
2000年、今年もまた天龍選手を見続けようじゃないか。