|
| [ 最新の夜話にもどる ] |
| 2000-05-7 7:30...ついに出た復活報道 |
5月7日発売の日刊スポーツに「天龍WAR復活だ 8周年記念大会開催へ」との記事が掲載された。おそらく、FMW駒沢大会での冬木発言について日刊スポーツ記者が6日に天龍選手へ取材をした際に、天龍選手またはその周辺から8周年記念大会の構想が発言されたのではないか。WARの今後についてはっきりしたものが出てきたことは朗報。見えない行方にやきもきしていたファンは想像以上に多かったはずだ。
記事によると記念大会は都内で行われる模様で、大物選手の出場も予定されているそうだ。また、天龍選手自身は「今後は再び、新日本に登場予定。」とのことだ。ファンはまた忙しくなりますなぁ(笑)。
| 2000-05-5 23:00...著作権! |
冬木弘道があれだけ堂々と”天龍源一郎”の名前を出したとなれば、全試合終了後に足の向かう先は決まっておる。桜新町・しま田だ。
証言1 島田まき代さん(天龍選手夫人)
「おとつい、(冬木の天龍源一郎と闘いたい発言が掲載されている)東スポを『こんなのが載っているぞ』と大将(=天龍選手)に見せられたわ。」
(冬木選手が「天龍源一郎と闘う」と言っていましたがとお聞きしたところ)「名前の使用料もらいたいわ(笑)。」
証言2 天龍源一郎選手
(しま田へおいでになったので、冬木選手が「天龍源一郎と闘う」と言っていましたがとお聞きしたところ、天龍選手独特の”らちもない”と言う表情をしたあとで)「著作権!」(名前を勝手に使うなという意味合い)。
かくて、真相や如何に。
それにしても、キャプチャーへ行って、冬木弘道を見て、そしてしま田へ行くと、やたらにWAR度の濃い連休を過ごした私ではありましたな。「ヒントはWAR」ってのはFMW駒沢大会と言うよりも、オレのゴールデンウィークのことを言っているみたいじゃん。
| 2000-05-5 20:00...かくて冬木が勝利したが |
![]() |
| ▲冬木弘道、ラリアットで黒田を粉砕。WEWタイトル奪取。 |
さて、ドレッシングルームでのインタビューで何事かが起きているのだろうか?
| 2000-05-5 18:00...冬木引退声明はエープリルフールだった!そして最後の試合の相手は天龍源一郎と明言 |
![]() |
| ▲引退声明がエープリルフールだったとは |
曰く「オレは引退しない。最後の試合の相手”天龍源一郎”と闘うまで、引退しない。今日の試合で、WEWベルトを奪い、天龍源一郎とタイトルマッチを行う」と天龍選手の名前を明言。はたして、セミファイル後に何かの動きがあるのか?
| 2000-05-5 17:00...@駒沢屋内球技場 |
![]() |
| ▲リッキーフジで開幕 |
今ちょうど、対戦カードの発表をしているのだけれども、割にお客さんも詰まっていて良い雰囲気じゃないんでしょうか。普段がどうなのか、よく分からないのだけれども。
| 2000-05-3 20:30...。2バイトスペースはやはり…… |
今日の東京スポーツ5面。大見出しは「冬木どっきり発言 天龍と戦いたい」。あの2バイトスペースはやはり”龍”だったのか。
いよいよあさってのFMW駒沢大会で引退することになった冬木弘道が「『引退する前にもう一度、天龍と戦いたかった…』と涙ながらにミスタープロレスとのラストマッチを熱望」だと言う。理不尽大王+東スポだから「涙ながらに」の部分はおおよそ眉唾だけれども、この記事の締めくくりは「「オレは本気だから。サイは投げられたってことだ…』と眼を閉じた冬木。はたして理不尽大王・一世一代のラブコールは、男・天龍の胸に届くのだろうか。」と冬木の思いが深いことを表している。
さて、これがただ単なる駒沢大会のあおりで終わってしまうのか、それとも後へと続くための重要な布石なのか。ここのところ大きな動きのなかった天龍選手だけに、これが踏み出しにあらたな動きがあったら……と想像してみても、決して悪い感じではないと思うのだが。
|
これまでのChisatoy夜話
|
|
▲2000年/1999年▼
|
|
▲1999年/1998年▼
|
|
▲1998年/1997年▼
|
|
▲1997年/1996年▼
|