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2004-1-18 19:30
発車間際の伊丹空港行きリムジンバスに飛び乗れたので、随分早く空港に入ることができた。予約をしておいたANA40便は20時20分発。空港のレストランで食事を済ませてもまだしばらく時間がある。
天龍選手最後の三冠戦はスポーツナビの速報で18分弱の攻防であったと知った。この時間に消費したフイルムは36枚撮りを4本。常時望遠レンズ付きの一眼レフカメラを手にしていたために、右肩から二の腕にかけて「笑っている」。右目だけでファインダーをのぞき続けてピント合わせをしていたためか、頭も痛い。
天龍選手は敗れた。確かに川田の垂直落下式ブレーンバスターでスリーカウントを取られたが、取った、取られただけがプロレスじゃない。2004年のメインイベントに、確かにそこに天龍源一郎がいたって事を自分の眼で見届けられた。このことこそが、レスリングファン、いや天龍源一郎ファンである僕自身にとって何より意味深い。
2004-1-18 12:45
伊丹空港に着いた。乗ってきたJAL113便はJAS(日本エアシステム)の機材を使っていたので、たまたま前方通路側の座席を指定していた僕はかつての”レインボーシート”を追加料金なしで利用するちょっとした幸せを得た。
”レインボーシート”はJALとの経営統合により今春で完全に姿を消してしまうJASが提供していた、僕が知る限りにおいて国内線で一番実利あるサービスで、札幌や福岡へ行く時には事情が許す限りこれを利用していた。天龍選手の試合を追いかけてきたえーるや福岡国際へ行ったときにも利用したはずだ。なつかしき日々を思い起こす。
最後になるであろう天龍選手の三冠戦を見るために、去り行く旧JASに乗り、こうして過去に思いを致すとはなんともセンチメンタリズムに満ちあふれた、今回の遠征模様じゃないか。
2004-1-18 11:00
羽田空港に来ている。これからJAL113便で伊丹空港へ移動する。目的地は大阪府立体育館、天龍選手の三冠統一ヘビー級選手権試合。近頃すっかりプロレス会場へ足を運ぶ回数が減ったとは言え、出かけるべき時には出かけるのである。たとえそれで突然出張作業の代理を頼まれるメンバーが出たとしてもだ(代理を頼まれた彼は昨晩から博多で作業中。ごめんね)。
久しぶりに一眼レフカメラをカバンに入れて手荷物検査を受けたら、カメラだけ取り出しての検査となった。しばらく前からノートPCは取り出し検査の対象となっていたが、いよいよカメラも対象となったのか。それとも一つのカバンにオリンパスとニコン、二つのセットが入っていてあまりに大掛かりだからか。
オリンパスは20年、ニコンにしても14年の間天龍選手を見てきたカメラだ。最後になるであろう天龍選手の三冠戦を一緒に見ないわけにはゆかない。この2セットを同時に持って行くのはあのIWGP戦以来だな。
ただ、さすがにこのカバンの重さはこたえる。もう、なんでもかんでもカバンに詰め込んであちこちへ行けるわけでもなさそうだ。
2004-1-13 23:00
「病気のネコに薬を飲ませるのに、手間取り、少し遅れます。」
これ、打ち合わせ相手(先輩)からのメール。2chでは「猫にアルゼンチンかけたら死んだ」ってのがあったが、あれはあくまで作り物の世界。今朝の「ネコに薬」はリアルの世界でのことで、ほのぼの感も高く感じ入るところ大。もう、速攻で周辺に転送。別におもしろいとか、ネタとかじゃないぞ、先輩の出勤時間がちょっと遅れるって言う貴重な情報を周知したんだぞと。
打ち合わせが終わってからこのネコについて先輩に聞いてみた。驚いたことに自分の飼い猫ではなく“居候”だと言う。もともと他所の飼い猫なのだが、その家にいる他のネコと折り合いが悪くなったようで、ある日先輩のうちへやって来てから自分の家(正しくは飼い主の家だが)へ帰らない。とうとう居候として居着いてしまったと言う。
居候ネコが年をとり、患いついてしまったが、うち捨てておくわけにもいかないので、飼い主に代わり投薬したり、入院させたりと面倒を見てやっているそうだ。薬代、入院代も先輩持ち、情の篤さは並ならぬ。
人知れぬところで、いろいろな物語が紡ぎ出されているのだなぁ。