雑記帳「CHiSAToY夜話」
97年1月上旬

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97年1月15日
リアルエースの御乱行
▲「リアルエース」バイソン木村はセミ前に出場して、エステル・モレノに苦戦を強いられた。
 昨日に引き続き、今日も後楽園ホールへと出かけ、jd’の1997年第1戦を見てきた。昨日のUNWに比べると大分に観客数が多かったが、はたして、正規チケット購入者の含有量ではどちらが上だったのだろうか。
 さてと、僕が気に入った試合の含有量となるとこれはもう圧倒的にUNWの勝ちだったようだ。今日のjd’で目についたことと言えば、第1試合に出場した阿部幸江と曽我部美幸がロックする際に、互いのタイミングを合わせるために、さながら「いっせいの、せっ」とでも言っているような様子で、なんとも微笑ましく思えたことなどが挙げられるわけで、まあ、UNWのようには「幸せである」とは言えないなぁ。
 それでも、試合を見ていて感心したことはあるわけで、シャーク土屋有刺鉄線巻き木刀の使い方。対戦カードはシャーク土屋、クラッシャー前泊対「jd’プリンセス」白鳥、「jd’リアルファイター」李、土屋と白鳥の絡みが中心となって試合が進んだのだが、今の白鳥の実力と言うか体力というかでは、もし、土屋が「凶器」である有刺鉄線巻き木刀を「使ってやらない」で通常の技だけで試合を組み立てた場合、全く白鳥にとっては救いのない試合になってしまっただろうと思うのだ。土屋が早期に有刺鉄線巻き木刀を使って「穏やかに」(僕にはそう見えた)白鳥を傷つけて流血の事態を作り出してから試合を進め、パワーボムでピンフォールを取ってやったので、観客は一定「凶器を使われたのだから」「流血でスタミナが」などと白鳥に「甘い」採点をする心情になろうと言うもの、後楽園ホールに日参するような観客でなければね。
 全くのところ、そうでもしてやらないと、白鳥は土屋相手に一定の水準を持った試合に「参加」できなかっただろう。そういう意味において、土屋の有刺鉄線巻き木刀は「活人剣」であったのだ。
 女子マット界での団体交流戦が始まったばかりのころ、土屋は対戦した長谷川(咲恵:引退)に「プロレスをする気がない人とは……。」などと非難されたものであったが、今では立派に「人を生かす」ことができるのだから人間経験は積むものだ。
 などと、東側バルコニーで感心をしていたのだ。本当に土屋がこう思っていたかどうかは知らんし、違ってもいいのだが、「白鳥、今のまんまじゃいくら何でも恥ずかしいぞ……。」とは、僕も、土屋も同じように思っていると確信しているのだが。
 次回のjd’観戦は、1月26日福岡・アクロス大会の予定。追っかけての遠征ではない。出張のついでである。
 そうそう、昨日「ヘンリーの履歴については寡聞にして知らない(パンフレットを買えば載っていたのだろうが、買わなかった)。調べてみてほしい。 」と書いたら(もっとも、僕がそのように書いたからかどうかは分からないが)、野津さんがインディペプロレス通信のアイアンマンはセット・ジニアスに決定−UNWの後楽園大会−にヘンリーの履歴を掲載されている。ありがたい。UNWの試合では100枚弱の写真(ただし、全部モノクロ)を撮影しているので、そのうちレスリングハイでも紹介予定。今度は、失敗していないだろう、たぶん、きっと。

ただ、アイアンマンと呼ばれんがために
▲アイアンマンと呼ばれんがために過酷な巴戦を戦い抜いた男達。
97年1月14日
 後楽園ホールへと出かけた。UNW(国連プロレス)が主催する「アイアンマンコンテスト」をしかとこの目で見届けるためにである。
 会場の観客数は少ない。何せ、ダフ屋連中が怒って帰ってしまったほどでなのだから。出場した選手の数も少ない。何せ、第一試合のシングルマッチが終わったら、次はメインイベント「アイアンマンコンテスト 巴戦」なのだから。
 アイアンマンコンテストに参加した選手はセッド・ジニアス(日本人選手)、マーク・フレミング(米国・新日本プロレスとUWFインターナショナルに参加経験がある、ルー・テーズ道場の師範代まで勤めた男)、そしてヘンリー・ロビンソンだ。ヘンリーの履歴については寡聞にして知らない(パンフレットを買えば載っていたのだろうが、買わなかった)。調べてみてほしい。
 試合結果を記憶を頼りに記載しよう。
ロビンソンSTFの一種ジニアス
フレミングオリジナルSTFロビンソン
ジニアス弓矢固めフレミング
ロビンソン逆さ押さえ込みジニアス
フレミング小包固めロビンソン
ジニアスグランドコブラツイストフレミング
ジニアスジニアス式背骨折りロビンソン
 今の基準に照らしてしまえば、古風なスタイルの試合が続き、フィニッシュホールドは特にクラシカルだ。弓矢固めが決め技になったなんていつ以来のことなのだろうか。
 ここまで、入力してきてかなり眠くなってしまったので、結論だけ書くと(アイアンマンコンテストの詳細は後日観戦レポートで)、今日、後楽園ホールでアイアンマンコンテストに観客として参加して、リング上でのあり様を自分の目で感じた人は幸福者であり、アイアンマンコンテストに観客として参加できなかった人は、レスリングファンとして大きな幸せの芽が開き、花を付けたことを知らずに過ごしてしまった人である。今日アイアンマンコンテストに観客として参加してきた僕は、今、幸せである。

97年1月13日
 昨日からマイクロソフトナチュラルキーボードを使っているのだが、まだ手がなじまない。僕は半熟なタッチタイパーなのだが、このナチュラルキーボードはきちんとしたタッチタイプを要求するようだ。何せ、キーボードの中央部分が左右に分離してその間隔がかなりあるから、従来左右の人差し指が交差して動いていても問題がなかった「グレーゾーン」が許されなくなっている。これもトレーニングと思って取り組むか。ところで、何故キーボードを変えたのかと言うと、あまり意味はない。従来使っていた一番の気に入りキーボードも健在ではある。昨日JWPとWARの狭間に秋葉原へ出かけて全くの気まぐれで買ったようなものである。
 気まぐれで買ったと言えば、PHS・携帯電話用の「アンテナ感度向上グッズ」も同様。PHSの裏側に3センチ×1.5センチ×0.5センチ程のブロックを張り付けるもの。さて、その効果はと言うと……。電波強度の表示は確実にアップしている。中野坂上にある真新しいオフィスビルの23階でも、電波強度はフルマークを得た。それではっ、てんでPHSから発信しようとすると「かけ直してください」→「圏外」となってしまう。どうも、「電波強度の表示を増強」する効果しか得られていないようだ。3流マスクマンのマスクのようなものか、見た目だけは強そうな。
 今日は書き込み量が多い、この「Chisatoy夜話」も、先週末は休みが多かった。その理由のひとつとして、土曜日に「おから水餃子」を作って友人数人と食べていたため更新する時間が無くなってしまったことがある。おからに、鶏挽肉、卵、だし汁、御坊、人参、昆布などを入れてかき混ぜて、餃子の皮に包み水餃子として食べる。あともう半歩の感じ。山芋のすり下ろしたものでも入れると良いような気がするが、なにもそこまでして、おからを食べるかという気もしなくはない。まあ、そんなのが僕の性格でもあるが。
 昨日、いたく感動しながら、撮影をした元川対小杉戦のフィルムを現像処理から受け取ったところ、全くなにも写っていない。フィルムを巻き戻すときに気にはなっていたことが的中。要するに、フィルムをカメラへきちんとセットできずに、全くフィルムが巻き上げられていないのに、撮影できたつもりでいたのだ。で、「撮れた」と思ったあのカットも永遠に目にすることはできなくなった。こんな間抜けなことは、カメラを使いだしてからの20年弱の間にこれで2回目か。
 実のところ、元川対小杉戦は、プロレスを見知ったつもりであった僕、カメラ扱いにすっかり慣れたつもりでいた僕に、もう一度基本へ立ち返ることを教えてくれた試合だった。明日のUNW後楽園ホール大会を始点として、謙虚にプロレスとカメラに取り組むことにします、当面の間。
 今日の仕事は、某コンピュータメーカが行ったWindowsNTサーバーの設置作業への立ち会い。これまで、日本国内で独自アーキテクチャのPCを圧倒的寡占状態で売りまくってきたこのメーカーも、こと、サーバー分野では、海外での販売と同様にIBM PC/AT互換アーキテクチャのマシンを売っている。で、このマシン、電源を入れて起動すると、フェニックス社のBIOSを皮切りにSCSIボードメーカ、RAIDインタフェースボードメーカーなどがコピーライトを表示するのだが、肝心の某メーカーはなにもコピーライトを表示することなく、NTが起動してしまう。で、ようやくNTの中に、「サポートは○○○へ」と名前が出てくる。最早、コンピュータメーカーと言うよりは、販売会社の位置づけである。ならば、販売会社としてきちんとした担当者をつけて、しっかりとシステムの立ち上げをしてくれれば面目も立つであろうが、今回の担当者、どうにも頼りない。あげくには、AdministratorをAdministraterと誤って入力し、「ログインできない。」と青くなる始末。客からつづり間違いの指摘を受けて感心しているんじゃない(笑)。
 獅子は千尋の谷へ我が子を落とし強く育てると言うが、某コンピュータメーカも今一度基本へ立ち返り、我が子をスーパータワーのてっぺんから放り投げる位のつもりで要員を育成するのがよいのではないか。少なくとも、客先へFDを持たずに来てHPだのDELLだののレベルが付いたFDを拝借するようなことではスーパーライガーと同じような「なんだかなぁ」なレベルだと僕は思うのだが。
97年1月12日
 今日、後楽園ホールでWARの試合は、スティッフな試合が多かった。プロレス連合会は「原初的なあたりの強さ」を売りにして行けばよいだろう。
 メインイベントの天龍対平井、北原が川畑を締め落とした北原対川畑、そして元川対小杉が今日の3大スティッフマッチ。
 特に、元川対小杉での元川、彼女は全くセコンドをつけずに、一人でリングへと登場し、小杉の攻撃に歯を飛ばされながらも最後まで「黙々」と闘い続けた。こんな元川を見て心を動かされた僕は、直ちに1月15日に後楽園ホールで行われるJD’のチケットを買った。元川選手も小杉選手もここに参加する予定だ。
97年1月9日
 日刊スポーツのホームページが本格運用を開始した。うれしいことに、バトル面もある。個人のレスリングページのディープな情報と、たとえ浅くても毎日の更新が約束されたニュースをネットで得ることができるようになったわけだ。
 さて、そのバトル面で「大仁田FMWのOB会結成」のニュースが出ている。構成員は大仁田、サンボ浅子にミスター・ポーゴ。で、驚いたことに、『この活動の中には「試合」も含まれており、事実上の3人のリング復帰宣言となった』って、大仁田と浅子はまだしも、ポーゴはいったいいつ引退の10カウントを聞いたんだ。果たして、この記事、日刊スポーツの勘違いか、それとも引退後期間(僕の知る限り)史上最短での復帰宣言か。まあ、この「復帰宣言」、プロ野球名球会の試合のようなものがOB会発表での本当の意味合いなのだろうは思うのだが。
97年1月8日
 昨日書き込んだ、「おから」と「おからが大好きな侍」にいずれもメールでレスポンスをいただきました。どうもありがとうございます。特に、「おから」の調理方法については近日中に実行してその感想をメールさせていただきます。
97年1月7日
 うちから駅に向かう道はほとんどが商店街なのだけれども、さすがに、出勤時間帯に営業をしている店は朝の早い豆腐屋くらいだ。で、その豆腐屋の店先に「おから」がある。ひとかたまりで50円。今僕は、正月休み中に膨れてしまった体を締めようと思っているので、蛋白質と繊維質に富み、かつ食べ出もありそうな「おから」に食指が動いているのだ。が、「おから」ってどうやって調理すれば良いんだ?とりあえず、YAHOO JAPANでキーワードを「おから」として検索してみたのだが、産業廃棄物としての「おから」を焼却処分する設備の業者しか出てこなかった。残念。
 ところで、子供の頃に、「おから」が大好物である侍が主人公のテレビ時代劇を見ていた記憶があるのだが、あれはなんの番組だったのだろうか?その侍、やたらとどんぶりに入った「おから」を食べていたのだが……。
97年1月5日
 外出から帰ってきてみると、エビが脱皮を済ませていた。髭の先まできれいにするりと古い殻を脱ぎ捨てている。これだけきれいに古い殻を捨てられるのならば随分と気持ちよいだろうな。
 今日の東京ドーム中継をより楽しむために、昨日より徹底して試合結果情報を目にしないように行動した。Webへのアクセスも試合結果が載っていそうな部分は避けたし、今日の外出時にも新聞スタンドやスポーツ紙を手にしている人には極力近寄らないようにした。このような努力の結果、22時に帰宅して時点まで全ての情報をシャットアウトできた。さて、試合を見るかとタイマー録画しておいたテープを巻き戻している最中に時間がもったいないのでE−MAILをチェック。新着メールが3通。とりあえず、プロレスファンからのものは開封せずに、プロレスファンではない人からのメールを開封したら……。
1/4は東京ドームに行きました?
きょう、テレビで少し観ました。
長州が負けて残念でした。
クワッ!!
ヤマトヌマエビ
▲ヤマトヌマエビ、水槽のコケを取るために売られているが、これだけを見ていても飽きない。
97年1月4日
 やはりと言うか、連休の恒ですっかり夜型の生活になってしまったがどうしたものか(笑)。僕が夜型の活動をしているので、同居しているタナゴやエビも当然夜型の生活に。彼らはそのあたりどのように考えているだろうか。考えちゃいねぇか。
 夢ファクHP@3Webの佐伯さん格闘志塾の試合を見ていて藤沢のケーブルTVに写り込んでいたそうだが、僕は見てたぞ。と言っても、藤沢のケーブルTVではなくて、二瓶組長が佐伯さんに『「ゆりちゃん、ゆりちゃ ん、藤沢のケーブルTVに映ってたよ。」』と伝えているのを。そうとは全く知らずに「ふーん」てな感じで見ていたのだ、僕は。全くのところ、どこで誰が見てるかわかんないね(笑)。
 うちに置いてある唯一のビデオデッキ(Hi8)が壊れていたので、VHSのビデオデッキを買った。2万5千円。しっかしまぁ、安くなったんだなぁ。10年ほど前に初めてビデオデッキ(ベータ)を買ったときには一冬のアルバイト代を全てつぎ込んだのだったが。まあ、これでプロレス中継をリアルタイム(つまり深夜に)で見る必要が無くなった。ありがたやありがたや(って、連休じゃなくても超夜型じゃねえか>自分)。
97年1月3日
 昨日の雑記帳に、夢ファクHPの石川さんとお会いできなかったと書いたら、「石川さんは風邪を引いて会場へ来られなかった。」とのフォローを別の夢ファクHPのsaekiさんからいただいた。こう言うのは特に嬉しい。saekiさん、どうもありがとう、僕もあなたのホームページ見てます。
大日本プロレス蛍光灯デスマッチ
▲大日本プロレス蛍光灯デスマッチ
97年1月2日
 新年あけましておめでとうございます。当ホームページ「レスリングハイ」は本日より1997年のメンテナンスを開始いたします。旧年同様、本年もよろしくお願いいたします。
 さて、つい先ほど、97年の初観戦として大日本プロレスの蛍光灯デスマッチ(正式名称はもっと長い)を観戦してきた。ちなみに、試合結果は○グレート小鹿(腕ひしぎ十字固め)山川竜司×である。観客動員も好調で大日本プロレスとしては東京ドームでの対新日本プロレスへ向けて気勢が上がっただろう。まっ、僕的にも「大日本プロであれば、こんなもんだろう。」ってな感じ。大日本ファンの方には申し訳ないが、どうも大日本プロには思い入れを持てないのである。僕が見たいデスマッチはこういう感じじゃないな。大仰に蛍光管を叩きつけて行く展開よりも、スーパーライダーと宇宙パワーXがPWC後楽園ホール大会で行った「PWC格闘技戦・ルールレベル1(ロープエスケープならびにダウンは一切認められない)」の方がよほどスリリングなデスマッチとして感じることができる。
 なお、僕は子供の時分に海水パンツ一枚でサボテンが密植された中へ墜ちてしまい体中に棘を刺してしまったこともあるし、戸棚のガラス一枚板が頭に直撃したことはあるは、ドアのちょうつがい部分で右手人差し指先端を挟み込んだあげく、爪が根本から浮き上がって抜けてしまったこともあるし、扁桃腺の手術で長大なはさみを喉奥へ突き込まれ「ぶちっ」てな音と共に扁桃腺を切り取られたこともあるので、単に蛍光管で殴っているのを見る位じゃ感じないのかもね。むしろ、大学の体育の授業で履修したレスリングの際に、オリンピックで2回銀メダルを獲得した太田先生と対戦したときの方が「相手の強大さ」故に、遥かに恐怖を感じたぞ。
 だったら、なんで出かけたんだよと突っ込みを入れられそうなのだが、実はこの会場でレスリング夢ファクトリーホームページの石川さんとお会いする段取りだったのだ。が、しかし、会えなかったのだ。随分と探したのだが……、残念。石川さん、14日には必ず……。
 実家へ戻り、書庫を漁って’91ゴングプロレス観戦パーフェクトガイドと高部雨市「異端の笑国【小人プロレスの世界】」(現代書館0030-25381-1935)を持ってきた。前者は一連の(僕が持っているだけでも91、92、93と3冊あった)プロレス観戦パーフェクトガイドの中で自信を持って「ベスト」に押せるもの。これに収録されている「必殺技277」、これは何度見ても飽きない。昨年暮れに日刊スポーツ(だったかな)がプロレス技入門(だったと思う)を出したが、全く比較にならん。この手の企画こそのゴングだと思うぞ、僕は。で、
 後者の「異端の……」は僕が入手できた唯一「小人プロレスに真正面から向き合った」書籍。僕はこの本を読んでから92年9月22日全日本女子プロレス須賀川大会で行われた「小人プロレス最後のタッグマッチ」を観戦しに遠征したので、エプロンサイドで何とも嬉しそうな笑顔を見せていたプリティーアトム選手を目にして涙が止まらなかった。このときのことは、いつかまとめておこうと思っている。