97年5月31日
久しぶりに秋葉原へ出てZIPドライブでも買おうかと思ったが、やっぱりどう考えても安価なデータバックアップは古めのマシンをファイルサーバにする方が得だなと思ってしまい買えなかった。なにせT−ZONEのアウトレットへ行くとDX4のマシンが39800円で売られているんだもの。また、別の考え方をすると、ネットワークカードが着いていて、E−IDEの大容量ディスクをつけられるブック型PCもあるので、これをファイルサーバにしてしまってCRTの下へ入れて置いても良いかななんて思う。
せっかくだからってんで、神保町まで出て本を物色。以前書評を読んだときに気になっていた日本文芸社の「仮面ライダーカード」を入手。平成5年11月25日が初版発行になっているんだから随分と前に出たことになる。はて、書評を読んだのはそんなに昔のことであっただろうか。
それにしても、この「仮面ライダーカード」凄いや。しばらくネタもとに使おう。
97年5月30日
Windows95のデスクトップも随分と長くつきあってきて、いつまでも同じではつまらないので、おおよそ安定して使えるとは思えないものの、IE4を完全インストールしてしまった。ローカルのアプリケーションを使う場合にはそれほど問題はなさそうだけれども、肝心のインターネットWebブラウジングには不安定さがあるようだ。まあ、自宅で使っているマシンだから、何かあったら初期化から始めちゃえばいいんだけれどもね。
97年5月28日
久しぶりにレスリングハイに関係するメールを2通いただいた。
そのうち1通は題名が「日本一のプロレスページです!!」なのである。「おお、ようやく世間が俺に追いついたか。」などと厚顔不遜なことを思いつつ本文を読んだらそうじ
ゃなかった(当たり前だ)。「新しくレスリングのWebページを作った、このページは日本最高のプロレスページを目指しておる、是非とも見て欲しい。」(大意)と言うことであった。これほどストレートに自らの感情をあらわした売り込みE−MAILも珍しかったので、早速見てみた。
うーん、日本一かどうかの判定は僕の任ずるところではないので余人に譲るとして、確かに「妙な味わいのあるWebページである」と言える。この味わい、ここへ出向いてお試しあれ。ところで、レスリング技の写真を撮るときにはもう少し周りを片づけてからにした方が良いのではないか、大の大人二人がもつれ合っているのにすぐそばに三輪車があったり、うしろのタンスに針金ハンガー(ん、あれはブッチャーのように凶器として使う心づもりか)がかかっていたりするといたく気になる。このE−MAILにわけて返信を書くことはしないが、ここへ取り上げたことで返信としたい。僕にE−MAILを送ってきたのだから、おそらくここも見ているだろう。
で、もう一通、これは本当に嬉しい内容であった。こちらについては別途返信を書いて送るのである。
97年5月27日
昨晩のうちにメンテナンスを済ませておきたかったのだが、作業の中断を余儀なくされる事情が入って、日も昇りきったこの時間にメンテナンスをしている。なんだか眠くていけない。
97年5月25日
起きだしたら思いの外に天候が良かったので外出。三越美術館・新宿へ行きロバート・キャパ全作品展のパート3を見る。この展示に限らず、整った作品を見ると「自分も……」という気分にさせられる。で、うちへ帰ったら早速レスリングハイのメンテナンスをしようとは思ったのだが……。
三越を出て、ふらりと歩いていたら、カンヌ映画祭でグランプリを受賞した「うなぎ」をやっていたのでこれを見ることに。さすがにグランプリ受賞というブランド、上映開始1時間前ほどから観客が入っている。で、映画の中身としては、舞台となった千葉県佐原の街と言うか、水辺が良かった。あんなところに住みたいな。
で、レスリングハイのメンテでございますが、うちへ帰ってきてから読みかけの真田太平記(池波正太郎)を読んでいたんで時間がなくなった……と言うことにしておこう。全12冊の真田太平記、今読んでいるのは3冊目だからまだまだ楽しめそうだ。
97年5月22日
で、さんざん「ひどい」と言われたCO・OPの広場 全国の生協のホームペイジを作った会社のヒトと会う機会を得た。評判が悪いってことを告げたら随分と不服そうな口振り。まあ、こちら側の準備不足もあったのだろうからと出直しを約した。で、うちへ帰ってからその会社のWebを見たのだが……。
いやはや、先にこれを見ておくんだったな。そうしたら、一言「ダメ。」と言ってやれたのに。あの程度の自社Webページを掲げてWeb作製のプロですたぁ片腹痛いや。
ダメ会社はさておき、今日日経マルチメディア97年5月号を読んでいたら、BIGTOPの運営をリードしてきた方の寄稿記事が載っていた。まさに「これなんだ。」って感じだ。明日出勤したらCO・OPの広場関係者に読ませよう。
ところで、CO-OPのひろばだけれども、index.htmlだけは作り替えてしまった。手元に素材があるわけじゃなかったので、当たり障りのない作りだけれども、ファイルサイズはあれに比べると4分の1以下だ。ところで、ファイルの入れ替えをしていて分かったのだが、CO・OPの広場 全国の生協のホームペイジを作った連中サブディレクトリも作らずに全部のファイルを入れていたことがわかったけれどもどういうWeb運営をするつもりだったのだろうか。
97年5月18日
昨日分で書いた「CO・OPの広場 全国の生協のホームペイジ」だが、早速、確かに「ひどい」とのメールが寄せられている。そりゃそうだ、TOPページが160KB強のGIFファイル1枚の上、IMGタグにはaltもなけりゃwidthもheightもない。TOPページからして、見るものを拒絶するかのような
ページである。その上、主管している日本生協連のページへのリンクはURLが誤っているので、たどり着けない。いやはや何ともすさまじい限りではある。
<追加>
正月におせちを呼ばれましたら、重の中に縁起物でしょうか稲穂が入っていました。いただいて持ち帰っておいたその稲穂のもみを先月の終わりに小さめの鉢へとまきましたら、すっかりと葉が延びたばかりか、根も器の中にまわりきったようなことになりましたので、あらたにプランタを用意しまして、いささか暑さを感じるほどの日差しの下で田植えとしゃれ込みました。
水を張ったプランタに2列に並んだちょっと頼りなげなイネの苗たちは、それでもますます伸びゆく気配を感じさせて、ちょっと憂鬱だった僕の心を和ませたのでした。スーパードライを3缶も飲んでしまったなぁ。
97年5月17日
「どこをどうしたものか……。」とため息の出てしまうようなWebページができあがってしまっている。「CO・OPの広場 全国の生協のホームペイジ」のことである。
このWebページ、僕が務めている団体が運営しているものだが、あまりに恥ずかしい出来映えに主幹部署へ意見をするのも面倒になるほどである。外注会社が作ってきたこのWebページにOKを出した部署なのだから意見をしたところで、「なにのことやら分からない」となるのは目に見えている。
来週から、わずかながらもこのWeb運営に関わって行くのだが、出だしがこれでは面倒な話しすぎる。それにしても、これを納品したWeb作成会社、どんなセンスをしているのだろうか、ハンパなことしたら、いじめるぞ(笑)。
97年5月15日
どこをどうしたものか、不思議と目が覚めてしまうのである、早朝に。これはここ数年、この季節に限って起きる現象である。今日起きだしたのも4時半頃。さすがに周りも静かだ。
昨日は北沢タウンホールでDDTの試合があったのだが、仕上げておかなければいけない作業があって行けず。行けたら久方ぶりにきちんと試合レポートを作ろうと思っていたのだけれども、済んでしまったことはどうしようもなし。おなじくタウンホールでは今日jd’の試合があるのだけれども、こちらも行けないんだよなぁ。となると、今月のレスリング観戦は、WAR2回で終わりか。ちょっと物足りない心持ちだ。
97年5月11日
どこをどうしたものか、フランス人から日本で行われているレスリングのビデオを注文したいという英文のE−MAILが来た。このメール、ヘッダを見ると
Date: Sat, 10 May 1997 20:21:52 +0200
X-Mailer: Mozilla 2.02E [fr]-GIEOG (Win95; I)
MIME-Version: 1.0
To: chisatoy@tky.3web.ne.jp
Subject: order tapes
X-URL: http://www.tky.3web.ne.jp/‾chisatoy/report/970114/97011400.htm
Content-Type: text/plain; charset=us-ascii
となっている。つまり、レスリングハイに掲載してある「UNWアイアンマンコンテスト」のページを見てメールを送ってきたことが分かる。さてはて、このフランス人、セッド・ジニアスに興味を引かれたのか?このあたりのこと、きちんとメールで聞いてみたらおもしろいだろうが、面倒なので、ただ単に「ビデオ販売人じゃないから、ビデオテープの注文を受けることはできないよ。」との意味合いのメールを出してしまった。ちょっともったいなかったか。
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▲今日のディナー。
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今年度僕の職場へ入った新人職員2名、よくよく話を聞いて見れば、同じ中野寮に住んでいることが分かった。なんでそんなことも知らなかったのか>自分。で、それではってんで、裏庭にテーブルとEPIgasのランタンを持ち出して屋外ディナーをとる。大したものではないが、僕の作った食事を嬉しそうに食べてくれた。食事の後で、過去に川下りをしたときの写真を見せたところ、随分と興味があるようす。そうか、それならば新しいメンバーを加えてツアーに出かけようかな。
97年5月8日
WARを見に春日部へ出かけた。春日部の隣町と言える野田市川間に住み暮らしていた時期があるので、春日部の町は知らぬでもない。それゆえ、会場の詳細も調べずにぶらりと出かけたのだが、「おそらく」と目星をつけていた場所にリングはなく、さらには、会場の場所を知るよすがにと思っていた興行ポスターは、よもや今日が試合日であるとは思えぬような、まるで試合が終わってから何日かはそこに捨て置かれていたかのように日焼けした代物がぽつりぽつりとあるだけ。たまさかにのぞき込んだ路地に会場を見つけられたので安堵したが、なんとも心細い道行きではあった。
駐車場をレスリング会場せしめるブルーシートは常ならぬ風に大きくあおられ、否が応でも設営の安作りさ加減を感じさせはしたが、ことのほか客足はよく、きちんと満員になった。さて、このうちどれだけの観客が有料入場者であったのか。知るすべもないが。
雨が降り始めることを予期して「逆取り」で行われた第四試合目がメインイベント、天龍が出てくると観客の声援はひときわ高くなる。テレビで試合を見せる機会はほとんどなくなったとは言え、いまでもビックネームとしての地位は揺るいでいないようだ。
ブッチャーのエルボードロップは的確に喉へと落とされ、メインイベントが終わった。ブッチャーが参加した試合ゆえ、場外乱闘もあり観客を喜ばせていたが、淡泊にすぎた。僕は満足できない。
天龍はブッチャーとの対峙に乗り気のようだし、メインイベントの次に行われたセミファイナル北原・菊池対ターザン後藤・三宅に幾ばくか介入して見せてターザン後藤への興味があるところも見せていたが、この二人、天龍の相手を務めるのには役者が足りないように思える。僕は、レスラーを取り巻く時の流れ、物事の流れは甘んじて受け入れることにはしているから、今の対戦相手が、役者不足の二人か北尾だけという状況も甘受はする。が、この欲求不満、どうもならぬか。
97年5月6日
「告訴する」とか「法の裁き」なんて言葉の踊っていた今日の東京スポーツ。昨日の天龍組対ターザン後藤組のSM戦のことだけれども、これを読んで活きの良いファンならば「Tenryu Rules」とか「Gotoh Rules」なんて言う横断幕でも作って次の会場へ繰り込むのだろうが、僕はそんな気持ちにはなれなかったなぁ、昨日の試合。
途中で足もとがおぼつかなくなっていたばかりか、勝手にどこかへ消えてしまったブッチャーのことは放って置くとしても、とにかく試合がガチャガチャしすぎ。ターザン後藤のファンはああいうので気が済むのかなぁ。
かなりの欲求不満な僕は春日部大会へも足を運ぶつもり。ここでは、天龍とターザン後藤は絡まないからおもしろい試合が見られるんじゃないだろうか。僕が見たい6人タッグマッチってのは95年9月29日千葉公園体育館で行われた天龍・嵐・荒谷対北尾・北原・望月(参加選手が違ったらごめん)のような試合。この試合、北尾のラリアットで天龍がフォール負けした試合だけれども、うねる筋肉の陰影が冴えて見えたほの暗いライトの下でガンガンとやり合う6選手は何とも佳かった。
なんか、今日は蒸すねぇ。あんまりに暑いのでやっぱりちゃんと夏服を買わなくちゃと思って、ブレザーなんかを買いに出かけたら、上着のサイズがA6からBE7ってのに変わっていた。僕はBEなんてカテゴリ知らなかったぞ。BE体ってどんな体型だ。
97年5月4日
ゴールデンウイークのUターンラッシュが始まったそうで。だが、僕は3日と5日に仕事をするから、連休という感じがあまりしない。まあ、この分は平日に休みを取るから良いけれど。むしろ、休み中の職場は静かで電話も来ないから快適。
6月になると関東の各河川は鮎が解禁となる(だよね)。となると、とても川へフネを入れられる状況ではなくなってしまう。だから、この5月が気候とのかねあいでは一番良い時期になる。どこかへ行こうとは思うのだが、年々腰が重くなっていかん。特に、クルマを実家へ置いてきてからはどうにも面倒くささを感じる。電車で出かければ2時間かかる場所にクルマを置いてあれば、クルマを持っていないも同然か。
それにしても、「休みになったらこれをしよう」と言う発想がだんだんと枯れてきた。こうしてヒトはつまらないヒトへとなって行くのか。