96年8月の雑記帳
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96年8月28日
 京浜急行・馬堀海岸の駅で電車を降りたら、今日も、24時25分頃だった。その足でコンビニへゆき、おにぎりを買う。で、それを食べながら家へと歩くのだから、夕飯&帰宅のマルチタスクだ(笑)。なお、これをするときのおにぎりは、海苔を自分ではるタイプではなく、あらかじめはられている物を選ぶこと(爆)。
 仕事の量が増えているから、何事もマルチに済ませたい。できれば京浜急行に品川から馬堀海岸(あるいは浦賀)まで乗っている間に、シャワーを使えるくらいにならないか>京浜急行。「京急WING号」よりも受けると思うが・・・。
 こんな状況なので、レスリングハイのメンテナンスが思うにまかせない。この前の日曜日(8月25日)には横須賀で行われた夢ファクトリーの試合に出かけたので(さすがに日曜日だけは完全に休みだ)、久方振りに速報を載せようとしたが、作業途中にPCの前で寝てしまった。
 以前に紹介したKIKU先輩のクマとの対戦記「対決」が来た。
『そいつはゆっくりやってきた。(何だか出だしがゆっくり名ので落ち着いた話に思えるかもしれないが、ワシはもうこのあたりから泡くっているのである。)朝、このサイトの木々は芯まで湿っているので火をおこして朝食を作ることをあきらめ、荷作りしている最中であった。背後でじゃりじゃりと音がし、気配で振り向くと黒い奴がいた。一瞬ムースかと思ったが1秒後にはそいつがブラックベアーだと頭の中で理解した。奴を見つめること5秒あまり(この5秒間冷静に分析していたのか単にパニックに陥っており反応できなかったのかわからない。)そしてハッと思いカメラじゃカメラじゃとテントからカメラを取りだす。パチリよっしゃ撮った。じゃもう次は追い払うのじゃ、まだ少し間がある15m位か?カメラを手に気合いを入れてコラーッとかウォーとか手を広げて脅かすが奴は一向に止まる気配を見せず一直線に向かってくる。あくまでのそりのそりと近づいてくるのである。イカンイカンと次にライフルを取りだした。距離10m、ライフルを空に向けて2発ほどガンガンと撃つ。しかし奴は全く動じない。次に足周りにガンガン。全く動じない。ようやく3発目に足の直前に撃った弾で奴が止まり、しばし考えた末、背中を見せて逃げていった。ざまァ見ろ。ホッしと一安心した俺れはさらに追い撃ちをかけるように何発か後ろ姿めがけて(もちろん体の周りにだが)撃ちこんでやった。がしかし、これがいけなかった。音はすれども、ちっとも痛くないということに気付いた奴は首をこちらに向け(イカン)次に体をこちらに回し(ヤメテ)再びワシに向かってノソリノソリ迫ってきたのである。こうなるともういくら撃とうが脅かしは通じないのである。こうなったら覚悟を決めてベアスプレー(唐辛子が主原料だと思われる)対決だ。覚悟を決めたわりにはさらに近づいてくるまでウォーだのガォーだの散々わめいていたオレではあったがさすがに5、6mの距離に近づくと緊張した。ベアスプレーをささげ奴の顔に向ける。届く範囲は5mだという。5mというと高校生なら結構幅跳びで飛べる奴もいたかなどと下らぬことが頭をよぎる。ところで5mってどれくらいだっけ?もう届くかな?そろそろかな?遠めだけどいいかな?このあたりの思考は0.5秒ぐらいであったろう。噴射する。だァー。横風で届かない。くそーっ、一歩踏み出し連続噴射2〜3秒やっとのことで奴に反応が見られた。顔に噴射液がかかっているのが認められた。奴はくるっと後ろをふりむき、頭をふりふり少しだけ早足で去っていった。ハァー今度こそ大丈夫だろう。スプレー缶を振ってみる。ゲッもうほとんどカラだ。危なかった。もしワシのあの一歩の踏み出しがなかったら、川に飛びこんで逃げなきゃならんところだった。フーッ、去ってゆくクマを見送ったあと余ったスプレーを吐き出させようと川に向かって噴射した。その噴射液は風にまかれワシの顔に飛び込んできた。ギャオーこれはたまらん。こりゃ熊の奴も大変だったろう。川に駆け込み懸命に顔を洗う。そう言えばまだ顔を洗っていなかったけ今朝は・・・・・・と思いながらしみる目をこすりこすり顔を洗い続けるのであった。そう言えばライフルを撃つときの描写として「ガンガン」と書いたが実際はそうではなかった。確かにライフルは14連発でその気になればガンガンガンガン・・・・・・と撃つこともできるのだがその時なぜだかワシは一発撃つごとにセーフティーレバーをカッチとはめていたのであった。無意識にである。つまり「ガン」のあともう一度引金を絞ろうとすると絞れず、あれっと思ったらセーフティーレバーがセットされていてそれを解除してからまた引き金を絞り、やっと「ガン」と次の弾が出るのだあった。熊に向けて撃った弾は全てこのように発射されたのである。面白いものである。普段遊びで撃つときはセーフティーレバーなどいちいちかけることはないのに・・・・・。あと写真についてであるが撮ったことは撮ったのだが考えてみれば熊しか撮らなかった。何が言いたいかといえば、一枚の写真の中にオレのテントとか舟とかつまりオレの匂いのするものとともに熊が写っていなければ人が見たときに臨場感が湧かないだろうということだ。実に残念なことをした。今度熊がきたら大切なものだけ舟にのせて川に出て残りのものを熊が荒らす写真を撮ろうと思っている。
(文中の筆者の心情、場面状況などにいささかの誇大表現、後からの付加はございません。念のため。)
(c)1996,Kikuchida Ryuichi』
96年8月20日
 6時に起きて、7時少し前に家を出る。浦賀−品川−代々木と電車に乗り、職場へ着いたのが9時少し前。で、朝一番の仕事が、数人で本館3階から別館2階へPC30台の移動。移動作業をしている最中にイーサネットケーブル敷設の業者がやって来て、工事依頼場所を案内。移動作業が終わったら、先週末に行ったネットワーク変更作業をドキュメントへ反映させる作業をして、12時少し前になったので昼飯を食べに出かけようかと思ったら、PC教室のプロジェクタの調子が悪いとのことで、様子を見に行ったら、意外に時間がかかり、昼休みの残りが10分となる。しかたないので、サブウエーのテイクアウトを職場の座席へ持ち込み、食べようとしたら、ケーブル敷設業者がやって来て、役員室の現場へ入りたいと言うので、同行する。ふーん、これが役員室かなどと見回してから座席に戻り、サブウエーのケイジャンチキン(フットロング)を食べる。
 ひと心地ついたので、明日設置するシスコのルータ4台を引っ張りだし、MAUをつけたり、IPアドレスのシールを張り、それと並行して先輩のIBM PC330へWindows95をインストールしつつ、HPのベクトラをWin95とWin3.1の両方を使えるように環境設定し、ベクトラはWin3.1J用のビデオドライバがついてこなかったし、アメリカHPのFTPサイトにはWFWのそれしかなくて、Win3.1Jでは動かなかったので、S3のFTPサイトでゲットしたそれを試す。
 気がついたら、ケーブル敷設業者は今どこで作業をしているのかと思い、探したら貸しビルを借りている別館で作業中。まったく大家や総務部と相談していなかったのに、天井に穴を開け、きっちりとモールを取り付けていたので内心ギョッとする。そのあと、PC50台を数人で別館2階から本館2階へ移動させた後に、現在ユーザが使用しているPCとの入れ替え作業をしようとしたら、アクセスのDBを誤ってディレクトリごと消してしまったと言うユーザ、無論バックアップはしていない、が何とかせよと迫る。PC−DOSのアンデリートを動作させたら、が手動復元をせよと言う。これは参ったなぁと思い、PCを僕の座席へ移して何度かやって見たが、復元できない。これはだめだと伝えに行ったら、当のユーザはもう帰宅していた。なので、次の作業へ移ることとして、明日ルータを設置する場所の確認をして、ハブの手配などを塩梅。そうしたら作業メンバーがサーバーのディスク容量が足りず、ユーザのデータを待避できない、どうするかと言い出したので、僕の使っているWin95マシンを一時的にサーバーとすることにして、ディレクトリの共有を設定した。その後、ハブとハブを結ぶ10BASE−2を床へバミる。あぁ、明日は他のフロアもルータの設置だと思い、チェックのため3階、5階そして地階をチェック。地階は壁が厚く、10BASE−Tを通す穴を自分で開けられないことに気付き途方にくれる。
 チェックを済ませ、納得したので、2階のPC設置作業へ戻りあれやこれやをする。21時頃、ある程度の目処がついたので、PC置き場へ行き東芝PV3000からPCIバスのNICを取り除き、ISAバスのものと取り替える。これを20数台やり終えたところへ、2階で作業をしていたメンバーが戻って来た。ようやく終わったなぁなんて雰囲気でいたが、あのアクセスのDBを誤って消したユーザの古いバックアップデータが、今日撤去したAT&Tグローバリストの中にあるとの話しになり、幸い撤去したのは4台だけだったので、3人でチェックを始めたら、僕がチェックしたものの中にあったので、データを僕が使っている日立フローラへ移し、それをデータを消したユーザだけにアクセス権を与える設定で共有状態にしておいた。そしたら、ユーザ部門のシステム担当者がNTの共有リソース設定がちょっとおかしいと言うので見に行ったが、推論はできても結論は出せなかったので、対応を明日まわしにする。
 事務所を出たときには23時少し前になっていて、品川発の最終は23時46分なので食事をせずに帰ることに。で、浦賀へ着いたら24時30分くらい。でもやっぱりコンビニに寄って帰るので、家に着いたら丁度25時。
 シャワーを浴びて、PCをインターネットへつなぎ、毎日チェックしている幾つかのサイトを見たあとにE−MAILをチェックしたら3通。で、今が26時20分。明日のスケジュールもほぼ同じ。
96年8月18日
 神宮球場で行われたUWFインターナショナルの試合を見終ってから、事務所へ出かけてネットウエアサーバーのメンテナンス。このほかの仕事をして事務所を21時半頃に出たら、花火大会が終わった人達で路上は一杯。代々木駅へ向かう道があれだけの混雑しているのは初めて見たような気がする。花火大会へあれだけの動員があった割には、UWFインターナショナルの興行には人が集まらなかったなぁ。
 で、この日の興行にはゴルドーのジムから来た選手との異種格闘技戦に始まり、東京プロレス、アルティメットファイト、そして天龍の出場と盛り沢山のラインアップではあったが、観客に一番共感を与えたのは、桜庭対垣原の一戦だったと思う(少なくとも僕が座っていた近辺では)。UWFインターナショナルは自分達のスタイルにもっと自信を持って運営して行けばよいのではないか。
 で、UWFインターへ行き、仕事をして、ビールを飲んでうちへ帰って来たら財布に中には1000円とちょっとだけになってしまった。まぁ、今日(8月18日)には出かける予定もないしと、うちでグウタラしていたら町内会の方が秋祭りの拠出金を集めに来た。2000円なり。無論、払いようもないので後日来ていただくようにお願いしたが、何ともカッコの悪い話しだ。
96年8月15日
 その昔、「FIGHTER SUPLEX」とか「FIGHTER SUPER SUPLEX」という名称のプロレスファンジンを作り、レッスルや書泉ブックマートで委託販売してもらったことがある。で、今、ボーッと考えているのだが、レスリングハイなりのレスリングファンのWebをCD−Rなどのリムーバブルメディアに収録してファンジンと同様の委託販売をしたら、より多くの人に見てもらえるのではないかということ。
 PCは持っているが、インターネットへの接続はできていないレスリングファンの人口はかなりのものだろうから、その人達にレスリングファンのWebをローカルで見てもらうことは、かなり意味のあることに思える。
 では、どんなメディアを使うか。CD−Rが再生環境と収録容量のことを考えると一番よさそうだ。しかし、CD−Rに収録する作業はそれなりに手間とコストがかかるから、それぞれのWeb(あるいはその縮小版)を書庫形式にしてからFDへ収録して、それをローカルのディスクへ解凍して見てもらうほうが現実的だろうか(ただし、GIFファイルはすでに圧縮されているからLHAなどを使ってもそれ程効果がないかもしれない)。
 FDだったら隔月刊ペース位でで作成できるかもしれないし、価格もFD代金+説明書のCOPY代+委託販売料で、300円くらいに設定できるだろう。となると、紙メディアよりも安価である。誰かこの企画に乗らないかなぁ。一人でやるんじゃなんか辛気臭いでしょ。
96年8月11日
 今日午後2時から横須賀にある臨海公園でJWPの興行があり、すでに割引券も入手していたのだが、結局出かけなかった。なんか生体としてのテンションが落ちぎみである。
 さて、来週は真昼の神宮球場でUWFインターナショナルの興行があり、これには確実に出かけるのである。出かけるのであるが、試合終了後、代々木の仕事場へ出かけてネットウエアサーバーの調整をしなければいけないのである。出かけることについては、これ程確実なのである。
96年8月10日
 アラスカ・ユーコンをカヤック旅行中のKIKU先輩からはがきが来た。
『ヤアードーモ僕です。直ちに新田次郎の「アラスカ物語」を読んでください、読むのだ。今正しく私はビーバー村におりそしてこの村でアラスカ物語を読みました。いろいろ感慨にふけっております。これまでのところ大したことはありました。今や12頭のクマを見、うち1頭と対決し、大きな魚を何匹も釣り上げ、ライフルを乱射し木や岩に多大な損害を与え、30時間漕ぎっぱなし、メガネはなくすは、火吹きを2回試み2回とも失敗し、顔には未だに火傷の跡が一生もんと言う感じで残っています。しかもこれからが本番と言う感じで何やら薄ら寒ささえ感じます。これからの予定を申し上げます。オーロラに巻かれ、フィッシュキャンプでサーモンを強奪し、グリズリーにテントをさかれ、大波大風によって3回は沈し、足の指3本を凍傷でなくし「おかーさん」と泣き叫ぶ頃ベーリング海にたどりつくでしょう。』
 このはがきの消印はBEAVER AK 93724 JUL 30 1996となっている。投函からすでに2週間弱が経過しているが、今頃は何をしているのだろうか。さて、帰国の予定だが、僕は9月半ばと聞いた記憶があるのだが、別の友人は10月半ばと言う。「凍傷で・・・」の件からすると10月半ばが正しいような気がする。

 通勤が片道2時間となったらさすがに帰宅してからのまとまった時間が摂りにくくなってしまった。なんとしても、電車内での時間を有効に活用する方法を確立しなければいけないのだ。構想としては、リブレットを入手して、「天龍必殺技大鑑」の「索引」作成を行いたいのだ。技の名前順は当然として、技のカテゴリ別、そして写真の撮影日付順を考えている。撮影日付順で見ることができると、撮影時期は1983年からなので、すでに13年間分であり、結構時間の流れを感じることができるかもしれない。そういえば今気付いたが、必殺技大鑑の表紙はすでに年代順の並びになっていた。時間の流れを感じることができるだろうか。
96年8月5日
 雑記帳の日付は僕が寝るまでを「当日」とすることにしました。まずはお知らせ。
 で、しつこいようだが、台湾へでかけて来た。3泊4日の日程だったが、実際の自由時間は1.5日程度。故宮博物館へ行き、残りの時間は台北市内をぶらりぶらりと歩く程度で終わった。結局したことは、
  • 電脳街へ行く
  • 故宮博物館へ行く
  • デパートへ行く
  • 新設の電脳街へ行く
  • やたら歩く
  • 印鑑を作る
  • 市場へ行き、食事をする
くらい。
 ところで、印鑑は自分の物を造ったわけではなく、同行者と語らって、職場の先輩への土産としたもの。先輩はS.修一と言う方なのだが、あえてS.尊師として彫ってもらい、3人で悦に入る。彫りを依頼された方はどう思ったことやら。
 で、この印鑑なのだが、素直にプレゼントされるかと言うと随分怪しくて、S.先輩に「それじゃ、稟議書の承認欄へこれを押しておきますから。」と脅しをかけることにも使えっちゃったりするわけである(ウソ)。
96年8月1日
 日本のインディペンデントレスリングシーンを伝えるホームページ
「インディペプロレス通信」を運営している野津さんからメールをいただき、ホームページを訪問。先日行き損ねたPWC下北沢大会(7月26日)がレポートされている。あのスーパーライダー対宇宙パワーXの試合があったとは、切歯扼腕。
 「インディペプロレス通信」は大変に丁寧な作りをされており、全てのレスリングファンにお薦めできるページ。是非皆さんにご覧いただきたい。
 京浜急行線 馬堀海岸駅側の西友とファミリーマートで8月11日に行われるJWP女子プロレス「BATTLE UNDER THE SKY」横須賀臨海公園大会の「特別割引ご優待券」を入手。これを使うと、当日3000円のところ1000円より入場できるとのこと。しかし、開戦(割引券にはそう書いてある)が14時とは見ている側の汗だく状況は必至。行きたくもあり、尻込みする気もあり・・・。なお、横須賀臨海公園では8月25日に夢ファクトリの試合もあり藤原対仲野が組まれている。こちらは試合開始17時なので観戦しやすいだろう。
 8月、9月には片道2時間の職場で仕事をすることになった。つまり、京浜急行線の品川←→浦賀間を頻繁に利用するわけである。いくらなんでも電車の中で過ごす時間が長すぎるので、東芝リブレットを購入して電車の中でホームページのメンテナンスを行おうかと考えている。IOデータが発売しているリブレット用メモリも値下がりしたし、品川も浦賀も始発駅だからタイミングさえ調整すれば座席は確保できるとなれば購入の気運は高まるばかりだ。リブレット購入の暁にはモーバイルコンピューティングによる観戦レポートも行ってみたい。が、問題は資金面の裏付けのないことである。
 リブレットと言えば、Anna Worldでのリブレット使用レポートを待っているのだが、全然始まらない。
 明日(8月2日)から8月5日帰国のスケジュールで台湾へ出かける。もし台湾でおもしろい話(プロレス以外でも)があれば「最近のヨシカワチサト」でご披露いたそう。
 某生活協同組合連合会でインターネットやPC通信の説明会を行った際に、「生協職員が作ったホームページの事例」として当レスリングハイをブラウザ上に表示したとの情報を得た。なんか逆効果にならなければよいが:-)。不勉強ゆえか、あまり生協職員が作成したホームページと言うものを見た事がない。URLなどをご存知の方がいらっしゃればメールをいただけないだろうか。