97年7月31日
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▲おまけ、延岡で見た平成維震な表札。
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今日と明日の午前中は博多の事務所でネットウエアサーバの撤去作業をするので、朝8時に延岡を発ち特急列車で移動中だ。よくよく考えればと言うか、考えるまでもないのだが、明日は作業が終わったら大分まで移動する。大分への移動も同じ特急だから九州に来て同じ特急にばかり乗っていることになる。僕は電車には興味がない人間なので、ちゃんと移動できさえすれば何に乗っても良いのだけれども、電車好きはきっとこんな時でもさまざまなバリエーションで電車を乗り継ぐのではないかと思うけれども、どうなんだろう。
昨晩、ホテルの1階ロビー、まあロビーと言ってもたいして広くはないのだが、そこにあるグレ電(ISDN公衆電話)でレスリングハイの原稿をftpしていたら、天龍選手以外のWAR選手がホテルへ帰ってきてそのままロビーのソファに陣取った。
なんだか、彼らは誰か(天龍選手?)にしかられたらしくて、「そんな暗
い顔しないで」「こういうことを馬鹿にしちゃいけない。」「ヤスが入った頃には……」なんてことを暗い感じで話し始めた。話し掛けるわけにもいかないし、さらには写真を撮るような雰囲気でもないし、なんだか同じロビーに居辛くて早々に回線を切って部屋へと戻ってしまった。
でもなんだか、巡業レスラー悲哀なんてのをちょっと体感してしまった晩だったな。あの部屋のサイズじゃ彼らにはずいぶんと狭かっただろうし。(11:00)
97年7月30日
朝の5時に中野駅で中央線に乗り、ようやく9時間後に宮崎県延岡市に着いた。今日から8月3日までWARの九州ツアーを追いかけるのである、しかも途中で博多にある事務所で「出張業務」を1日するので、東京−福岡を通常運賃で往復する分の旅費は職場から出る。役得。で、この旅費をそのまま素直に航空券を買うなんてことはせずに、
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適用
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価格8
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東京−福岡 早朝割引
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16,400
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九州ニューワイド周遊券
特急自由席乗り放題
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14,370
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福岡−東京 2週間前割引
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24,000
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てな具合に、自分に都合のよいように仕立て直してあるのだ。もらった交通費とトントンじゃないかな。
初めての延岡入り、やはり気になるのは「ちゃんと試合は開催されるのだろうか。」と言うことだ。こればっかりはどの団体、どの土地でも遠征では気になる。で、延岡、WARの常と言うか駅前は町の中心部にポスターが一枚もない。こんなことで大丈夫なのか……。そんなことを思いながらファーストフードの店で涼んでいたら表を武輝道場の岡村と多留がぶらりぶらりと歩いて行くのが目に入った。どうやら今夜の試合無事に行われるようだ。まずは一安心。(15:00)
遠征に出かければ、その地に知己でもいない限りビジネスホテルかなんかを予約して出かけることになる。大方の土地であれば、ホテルの窓口で予約を入れてから出かけるのだが、延岡にはそれで予約ができるホテルがなかった。しかたなかったので、職場にあったホテルガイドを見て延岡のページの一番上にあったホテルを取った2のだが、いざそのホテルに着いてみたらWARの選手嵐、荒谷、太刀光がそこにいた。なんかこのホテルに選手がとまっているようだ。何度か遠征をしてたとえば同じ新幹線に乗り合わせた経験はあるが、同じホテルに宿を取ると言う経験は初めてだ。あんまりミーハー的な興味はないので、むしろ「見たくないもの」を見たりしないように祈ってしまうこの状況(笑)。あっ、日刊スポーツもゴングもこのホテルだ。WARが一括で予約したのだろうか。(16:00)
延岡と言うのは大瀬川と五ヶ瀬川の二つの川が流れている。試合会場となる市民体育館はこの二つの川に挟まれている。そのためにか、なれない町で行きも帰りも「川」を間違えてずいぶんと余計に歩き回ってしまった。川面を渡る風を受けながら歩くことは心地よかったけれども、自分がどこにいるのかがはっきりしない状況で歩きつづけるのはずいぶんと心細いことでもあった。
さて試合だが、WARファンの僕としてはどの試合も満足して見られたが、やはり一番の満足はセミファイルとして行われた天龍対荒谷戦。天龍史上最高と言ってもよいであろうサソリ固めばかりでなく、浴びせ蹴り、トペスイシーダまでが爆発した試合は、荒谷選手の攻め込みもあって「モノの違い」と言うものを具現化した試合だった。試合は天龍選手のラリアットで終わったが、前述のサソリ固めを見た時点で僕はすっかりとハイになってしまった。さらにはいままできれいなネガを得られていなかった「技」も(ほぼ間違いなく)撮影できて、延岡まで出かけてきた甲斐があったと言うもの。
で、セミファイナルですっかりとハイになった僕は、メインイベントの北原対ブッチャー(ノーコンテスト)ではすっかり「常時最前列観客」。こんなに動き回って試合を見たのは久方ぶりだったが、思いもかけずに気持ちの良いものではあった。
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▲公共施設でこんな惨劇を。
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▲放送コードは大丈夫か。
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▲恐いんだか楽しんだか。
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97年7月23日
21日に江戸川放水路までハゼのボート釣りに出かけたらすっかりと日に焼いてしまった、それも、ジーンズの穴が空いたヒザの部分だけを。別段、短パンなど脚が出る姿で外出することはないのだから良いけれども、やはり一部分だけが赤く焼けた太い足というのは不気味だ。
ところで、このハゼ釣りに出かけたメンバー、僕以外は全員大阪出身だったので、一日中大阪言葉に浸っていた。僕は東京圏にしか住んだことがないし大阪に知り合いもいないのだけれども、大阪の街はきらいではない。数年前にはちょくちょくと大阪へ出かけて愛隣地区をふらりふらりと「そんな気分」で歩いてみたり、あるいはジャンジャン横町のプロレスビデオを流しっぱなしにしている定食屋で「とてつもない」焼き冷ましの焼きキスを食べて悪態をついてみたりとそんな過ごし方をよくしていたのだ。
そんなわけで、お勧めできる大阪関係のWebサイトを二つ。一つ目はThe Deep in Osaka、もう一つが大江戸たこ焼き捜査網。どちらも充分に読ませてくれる。お試しあれ。
97年7月17日
25年前に撮った写真と記憶を元に「アメリカでプロレスを見たことがある」を作っていると、無性に旅へ出かけたくなるなぁ。特に今取りかかっているUSPWは会場の雰囲気が抜群に「それっぽく」って最高に楽しかったプロレス観戦の一つだ。また海外へ行きたいなぁ。
インターネット上で使うドメイン名の話をしていたら、ボクが昨年度出向していた会社は他の会社に先手を打たれて希望のドメイン名を取り損ねたとの話がでた。それじゃそのドメイン名を取得した会社ってのはどんなものかとwwwをドメイン名につけてアクセスしてみたら出た来た、その会社のWebページが。
この会社もコンピュータ関係なんだな。が、いきなり半角カナのオンパレード。ソースを見るとMS−WORD97で作ったみたいだけれども、コンピュータ関係の会社がこんなWebページを掲げているようじゃ危なかっしくって仕事頼めないけれどねぇ。
97年7月15日
英国映画「Trainspotting」のサントラCDを買った。これって日本版も出ていたんだな。買ったのは英語版だけれども。いいぞぉ。Trainspottingのサイトはここ。まあ、ボクのように今頃騒いでいるようじゃダメなんだろうけれどもね。
97年7月13日
セイント・クララにはここにWebページがあった。なんかかっこいいぞぉ。このWebを見てから映画を見れば良かったかも知れない。
97年7月12日
地元中野にある中野武蔵野ホールでイスラエル映画「セイント・クララ」を見てきた。中野の駅に張ってあったポスターが目を引いていたので随分と前から気になっていたのだ。でも、あんまり気に入らなかったな。
97年7月9日
仕事として職場のWebページ作製に参加しているのはだいぶ前にも当雑記帳で書いたことがある。で、この職場のWebページだが、あんまり前進していないってところが正直なところか。「ドッグイヤー」とも言われるネット上での時間進行を思えば職場のWebページ、なーんにも動いていないとおなじだ。
それでも、それなりに気持ちを入れて対応してきたつもりではいたのだが、「もう良いや」って感じに陥っている。と言うのも、この職場のWebページを所管する部門の方と話をしていたときに相手方がポロッと「メールが結構来て面倒だ。リンクさせてくれとか……、一々対応してられないよ。」と口にしたのだ。
そりゃまあ、職場の広報部門が事業規模に比べると遥かに少ない人数で運営されていて、個々の職員に負担がかかっていることは十分に分かっているが、それにしたってメールに対応するのが面倒だったらWebページなんか開設しちゃいけないんじゃないのか?
その場では、「返信のひな形を作っておいて、画一的でも良いから返信した方が良いですよ。」とか穏やかに会話を終わらせたが、ボクの中ではこのときに職場のWebページに対する興味がほとんどなくなった。
なーんにもネットについてやる気も見識もないんだったら予算振りかざしてWebページなんか作るんじゃねぇやい。バカバカしい。
97年7月8日
こ8こで科学マンボ隊ラテンジャーを取り上げていたけれども、科学マンボ隊ラテンジャーのWebページがそこにあるのだ。ラテンジャー、放送は月に一度きりのようだから第一回目の放送しか見たことがない。超深夜に行われるマイナーな番組ではあるが、提供スポンサーはメジャーだ。スポンサーの趣味で作っている番組なのだろうか。
つい先頃まで知らなかったのだが、ルナパーク・闘うビアガーデンのWebページがある。LLPWについては7月11日分までの試合組み合わせまで掲載されているうえ、7月10日には神取、大向対長島、沖野の試合をインターネット上で中継すると言う。ルナパークの雰囲気をちょっとのぞいてみようかな。
97年7月6日
暑い日が続く。午前中に洗濯をしたのだが、干した端からどんどん乾く。あまりの乾きっぷりの良さには空恐ろしさすら感じる。空恐ろしさは感じるものの、耐えきれなくて部屋の中は終日エアコンをつけっぱなしだから室外機からは熱風が吹き出している。なんとも……。
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▲WARのマットに前田日明選手が登場。
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▲ターザン後藤選手をパワーボムで沈めた。
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WAR両国国技館大会へ出かけてきた。15時の試合開始だったので、今この時間(21時)には自室でのんびりとできてラクチンだ。これからも休日の試合は15時開始にして欲しいな。12時30分開始だと早すぎるしね。
で、WARの両国大会、観客動員数はあまり芳しくはなかったけれども、ボクには十分に満足できる内容だった。試合開始前に行われた天龍選手の20・10・5周年記念セレモニーには予想すらしなかったリングスの前田日明選手が花束を。対戦云々の話は抜きにしても天龍選手と前田選手がおなじリングにいるなんてのは嬉しい光景じゃないか。
メインイベントの天龍選手対ターザン後藤選手の試合、後藤選手は自分の色を全く出せなかったようだ。唯一らしさと言えば海野レフェリーをビール瓶で殴り、血だるまにしたシーンくらいか。もっとも、レフェリーをビール瓶で殴ったところでなんになったのか。Tシャツで目隠しをされた状態で、血だるまになるほどにビール瓶で殴られたものの、最後までを勤め上げた海野レフェリーの株が上がったのは確かだが。
試合開始直前に天龍選手から「ドーンと来い。」とマイクアピールされてしまったり、ダイビングエルボードロップを受け損ねて動けなくなってしまったターザン後藤選手。今日は彼が天龍選手の相手としてまだまだ役者不足であることが強調されてしまった感すらある。
天龍選手は試合後にもう少し時間をもらって新しい夢を実現して行くとアピールしていたが、さあ、次の相手は誰だろう。
97年7月1日
ああ、いったいどれだけの時間がかかったのだろうか。永遠の予告編企画と呼ばれ続けた「アメリカでプロレスを見たことがある」にとうとうレポートを登録したのだ、まだ1ページだけだけれども。
今日から7月、と言うことはこの雑記帳もちょうど1年まわったのだ。そこで1年前の雑記帳をひもといてみると、
96年7月7日
一番頻繁に更新するつもりで作ったページだが、一番メンテされないページになってしまった。「アメリカで・・・」も全くメンテしていないが、あれは実家に置いてある資料を取に帰ることができていないからである。
と書いてある。ふーむ、月日の経つのは早いものですなぁ。