97年8月31日
昨日の記述が中途半端になってしまっているが、それは後で補足するとして、僕は今新日本プロレス横浜アリーナ大会へ来ている。ここ横浜アリーナは予想に反して場内のPHS電波状況がしっかりしている。そこでまったくの思い付きながら試合結果をプロレスカフェに書き込んでみているのだ。快適に書き込むことができる。PHSを使ったインターネットへのモービルアクセスは良いねぇ。
長州力引退記念セレモニーで挨拶をした天龍選手、「最後の言葉はとっておきます。」と。果たして最後のシングル対決の含みはあるのだろうか。あるとすれば福岡ドームか。
ちなみにここまでの試合結果。
○藤田 腕ひしぎ(7分台) ×吉江
飯塚 ○木戸 脇固め(10分台) 平田 ×安田
タイガードライバーに入ろうとしたところを脇固め
野上 ×木村 ラリアットからの体固め(14分台)○小島 中西
木村全く通じず
○タイガーキング 小林 タイガースープレックスホールド 山崎 ×ケンドーカシン
○サンダーライガー ショウ打からの体固め(17分台) ×高岩
ライガー辛勝。高岩がラリアットに来るところへカウンター気味のショウ打。
○大谷 フルネルソンスープレックスホールド(20分台) ×金本
雪崩式の技がほとんどでない、すばらしい試合でした。
長州 藤波 天龍 (ラリアットからの体固め 8分台) ムタ 天山 ×ヒロ斎藤
天龍選手とヒロ斎藤選手がリング上で相対したときには場内なんとも言えぬどよめきが。
天龍の投げ放ちパワーボムから長州のラリアットへ。
試合後のセレモニーで長州と前田がリング上で握手。長州笑顔。
97年8月30日
デスクトップPCで使っている2GBのSCSIディスクが突然動かなくなった。このドライブにはアプリケーションと若干の作成データが入っていて、重要なデータは別ドライブに入れてあったので、致命的な損失にはならなかったけれどもアプリケーションをインストールし直す手間を考えると憂鬱だ。何をするにもおっくうになる。
昨晩はルナパークへ出かけた。そこで友達二人と合流してまずは生ビール(大)を一杯ずつ空けてから、「樽にしましょうか。」ってことで樽でビールを飲み出した。良いピッチで飲み出して、もう一度樽を。もう二つ目の樽を飲んでいる途中から随分と酔ってきたなぁとは思っていたのだが、これを空けてから水道橋駅近くの牛舌焼きや「太助」へ移動してそこでもまた生ビール。なんだかこのあたりから記憶も怪しくて、最後にテールスープを頼んだのだがこれをちゃんと飲んだのかどうか記憶がない。俺はちゃんと支払いをしたんだろうか?うーん。
その上帰りのJR車内でもご乱行。一緒にいた徹さんが奥菜恵が好きだと、奥菜恵を使ったコンタクトレンズの広告ポスターを指差すので、「それならあげましょう。」とかなんとか
ここまで書いたら先輩から呼び出しがかかったので出かけます。
97年8月25日
仕事でも使っているから、リブレットを職場へ持って行く。そう、智香子「クマ」入りのあれである。で、使っているとどうしたって人目につくから自慢するわけですよ「白鳥智香子のサインだよーん、クマも入っているよー。」とか言って。でも誰も羨ましがらないんだな、これが。「ふーん」とか「めちゃ、ミーハー入ってる。」とか「お客さん、こんなことされちゃ困るねぇ。もう下取りできないよ。」とか「子どもにいたずら描きされたのか?(子どもなんかいないってば)」とか言っちゃってさ。みんな素直になれよな、ホントは「まあ、白鳥選手のサインだわ、素敵。」って思っているくせに(ウソ)。
冗談はさて置きと、今の白鳥選手が一般民間人の間で知名度がないばかりではなく、むしろレスリングファンの間では反感を買っていると言ってもおかしくない状況である事は、いかな「智香子バカ」のワタクシ(いつのまにそんな事になったのだ)でもわかってはいるのだ。でも、こんなことでくじけちゃいけないのだ。
あの天龍源一郎だって「”第3の男と呼ばれるようになってから、ジャンボと二人揃ってのサイン会も増えた。そんな時、決まってジャンボの方に長蛇の列ができた。それでも、『天龍さん、頑張って下さい!応援していますから!』と俺のサインをもらうファンもいた。その時、いつでも心の中で、『今は、このサインに大して価値はないかもしれないけど、いつか必ず、貰ってよかったと思えるようにするから!』と誓ってペンを走らせていた。」(竹書房 瞬間を生きろ!から引用)と言う時代があったのだ。そうなのである、いつかきっと白鳥智香子だってこのサインを貰ってよかったと思えるような活躍をしてくれるのだ、……と思う、……と良いなぁ、つうか……本人はそう思ってないかも知んないなぁ……。まあ、良いかぁ。うーん。
PWHPNZoNYTM計画に参加していらっしゃるPの穴「Pな日記」とインディペプロレス通信「日々雑感」と独立プロレス研究所「今日の四方山話」にヨシカワあるいは吉川の名前が……。自分の名前を他所のWEBで見るとちょっとドキッとするな。取り上げてくださった方々、どうもありがとうございます。ちなみに、「ところで、今日我々の斜め後方で、テーブル上でノートパソコンを操りながら観戦されてたお髭の方が吉川さんだったのでしょうか(^_^;?」、これってほぼ間違いなし、また今度お会いしましょう。
97年8月24日
今日も夏らしい陽気。部屋に閉じこもってエアコンを効かせていても良いのだけれども、どうせ部屋にいればグタリグタリと無為に日を過ごすことは目に見えている。そこで、モービルPC一式を手に街へと出る。そう、智香子「クマ」入りのあれである。
中野駅前のMcDに入り、E−MAILの返信を打つ。この手のファーストフード店は店員が客のことを構わないので、長居をしていても気にならなくて良い。ところがどうにも子供たちが五月蝿くて閉口する。ファーストフードなんて成長期の子供の発育には到底良いと思えないので、McDへの入店には年齢制限をつけたら良かろう。ジャンクフードなどはすっかり体が出来上がった大人が若干の罪悪感と共に口にすれば良いのだ。
McDで打ったE−MAILを送信したついでに受信メールをチェックしたら「ルナパークへ出かけませんか。」とのMAILが入っていたので、今夜もルナパークで過ごすことにした。ただ、ルナへ出かけるにはまだまだ時間があるので、新宿へ移動して映画を見てからルナで落ち合うことにした。
別段どの映画を見ようとはっきり決めていたわけではないので、いくつかの映画館を歩いてタイムテーブルをチェック。始まる時間がちょうど良かった広末涼子主演の「20世紀ノスタルジア」を見ることにしてテアトル新宿へ。ここの映画館は椅子がしっかりと作られていて気持ち良い。これだけゆったりと大画面で映画を見られるのならば映画館まで出かけてきた甲斐があると言うもの。
「20世紀ノスタルジア」、ストーリー展開はそうたいしたことはないと思えたけれども、劇中でのビデオ撮影の方法がカッコ良く思えて、それじゃQV−10Aを使って映画を見ている最中のセルフポートレートを撮ろうとかばんの中をごそごそと漁ったのだが、どうもQV−10Aをうちへ置いてきてしまったようだ。なーんだ残念。でもカメラを持たずに歩くのはちょっともったいない気持ちがしたので、映画館を出た足でヨドバシカメラへ出向き一番安いカメラを買った。コニカのK−mini。溜まっていたポイントを使ったので3000円でお釣が来た。
僕は映画には詳しくないのだけれども、見れば見たでよく影響を受ける。カッコ良いセルフポートレート、これが「20世紀ノスタルジア」で受けた影響。だから、今後もしレスリングハイでセルフポートレートをしばしば見せられるようなことになったら、「ああ、映画に影響されちゃってぇ。」と笑っておいて欲しい。
で、ルナパークへ移動してきて友人が来るのを待っているんだけれども、なかなか来ない。しょうがないから、待ち時間の間にこれを打っているんだけれどもね。ちなみに今日のルナパーク、風が気持ち良いです。座席ににもゆとりがあるし。雨降るなよな。(18時40分)
雨降るなよと書いてftpしたとたんに雨が降ってきた。結構勢いつけて降るものだから第一部の試合も「見合わせ」に。昨日に引き続きの雨ですっかりやる気がなくなってしまったので、雨が止むのも待たずにルナパークを後にして、新宿へ出た。新宿に着いた頃にはすっかり雨も上がって、きっと試合をしているんだろうなとは思ったんだけれども、まあ良いやってんで新宿・台北飯店で食事して今日はお開き。で、中野まで帰ってきてからまたもやMcDに入ってリブレットにPHSをつないでftpしてるんだけれどもね。今日は有効な過ごし方だったんだろうか、それとも無駄だったんだろうか。
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| ▲ネフタリのライガーボム。大きな水飛沫が舞う。 |
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| ▲小杉、がんばった。 |
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| ▲いくら拭いても雨は次から次へと。 |
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| ▲サイン会だぁ。 |
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| ▲今日の大戦果。 |
97年8月23日
久しぶりに暑さを感じさせた今日、この暑さならば、きっと心地よくビールを飲めるだろうとルナパークへ出かけた。今日はjd’の日でもあるし。
ところがだ、中野駅で電車に乗る頃にはすでに十分に怪しくなっていた空模様が、水道橋駅に降りた頃にはすっかりと夕立。これだけしっかりとした夕立は久しぶりだったので、感心してしまったほどの夕立だ。夕立と言うものは長い間は降り続かないものだからと濡れるのも厭わずにルナパークへ。さすがに夕立の最中だから観客の数が少ない。
当然夕立だから試合が始まる頃にはあがり、ちょうどよく気温も下がって良い感じ。僕は2杯目の生ビール(大)を飲みながらリブレットとPHSを使ってルナパークへ来なかった友人へ「吹き渡る風が気持ち良いいよぉ。」とかなんとかE−MAILを送ったりしていたのだ。だのになぁ。
第一部・第一試合のアレダ・モレノ対曽我部がビールの酔いで居眠りしていたうちに終わっちゃった頃から雨が強くなり始めて……。第二試合の小杉対ネフタリはひどく激しい雨の中での試合に。雨もここまで激しくなっちゃうと見ている僕自身、雨に濡れる事などどうでも良くなっちゃって、ずぶ濡れになりながらデジカメを構えて突っ立ていた。こんなにマットが濡れて滑りやすくなると動きにくかろうに、ちゃんと試合を成し遂げた二人には感心してしまった。
雨は止むどころか、ますます降りつのって第二部は中止。jd’側はどうしても試合をしたかったようだけれども、後楽園からの「このリングコンディションで試合をする事は危険」との要請があり中止。懸命な対応だ。
太っ腹な後楽園、単に試合を中止にしただけでは終わらせず、ルナパーク招待券を希望者へ配るとともにjd’選手のサイン&握手会を実施。なーんとなく列の最後尾に並んだ。サインを入れてもらう色紙だのTシャツだのも持ち合わせていなかったんだけれどもね。で、ふと思い付いてリブレットにサイン入れてもらっちゃった。おまけに「クマ書いて!」って注文まで付けてね。やっぱ、智香子ファンとしては「クマ」は押さえておくべきでしょ、「クマ」は(笑)。
いやー、握手までしてもらっちゃってなんかすごくうれしい気分でうちへ帰ってきたのだ。でも、白鳥選手の手って小さいよなぁ。なんか壊れ物を持つように握手しちゃったよ。
97年8月21日
WARから届いた小山、金沢大会のチケットはそれぞれ方角こそ違うが、2枚とも9列1番であった。1番となると端だからコーナーポストが邪魔になる位置だ。そんな訳で当日の会場ではこの席に座っていはいないだろう、きっと。
チケットが入っていた封筒には「遠いところありがとうございます。お気を付けてお越しください。」と手書きで書いてある。ちょっとした心遣いだが、案外こんなことが印象に残るのではある。
ところで、この封筒には現在の横浜市にある事務所を「横浜支社」と表記してあり、さらに以前の世田谷区桜新町の事務所を「東京本社」と表記してある。本社と支社があるプロレス団体ってのは初めて見た。本社と支社の役割分担ってどんな風になっているんだろうか。ちょっと不思議だ。
97年8月20日
全日本女子プロレス日本武道館大会の優待券を入手しておいたのだが、試合開始が17時と言う事では、なんだか気勢を殺がれてしまい行かずじまい。そう言えば随分と長い間日本武道館へ出かけていない。
日本武道館は同じ席種でも場所によりリングの見易さに大きな違いが出る会場の一つだ。コンピュータシステムによる発券がそれほどには一般化していなかった頃には、発売日にいくつかのプレイガイドを回り歩いてより良い席を見つけては悦に入っていたものだ。
チケットと言えば、明日WARからヤマト運輸の代引き宅急便で小山大会と金沢大会のチケットが届く事になっている。どんな席が届くだろうか。もっとも、WARの地方大会では当日会場へ行くと別の席へ交換になったり、列を1列目,3列目,7列目と言ったように飛び飛びに設定されていたりがあるので、必ずしも手にしている前売りチケットの席番イメージどおりに座れるというわけではない。もちろん、全く座席がないわけではないし、別の席へ交換の場合もより良い席へと交換はされるのだが。もっとも、たいていは見易そうな場所へと移動してしまい、指定された座席へきちんと座って見ているようなことはないのだがね。