97年10月30日
思うところあってMACを買おうかなと。MACの環境で新しいことをやりたいと言うよりも、MACの環境ではどんな風にWebページが見られるのかなと興味を持ったからだ。僕がMACを触ったのはNTサーバ管理についてのマイクロソフトユニバーシティでNTのMAC共有サービスを体験するために使った時くらいだから、ほとんどMACのことは知らない。だからこそ、ちゃんと使ってみたい気がする。
いまから大きな投資をすることもできないし、またMacをメインのマシンとして使う予定もないのだから極力小型の筐体のMacが欲しい。CD−ROMドライブもネットワーク上のものを共有できれば良いから、MAC OSを使えるのNetPCみたいなものがあれば良いなと思っているのだが、どうもMACの現行ラインにはそれに当たるものがないようだ。
MACの中古機を販売している店へ行くと、カラークラシックやSE30などこの筐体ならば手に入れたいと思えるものがあるが、これらに当たるものの現行ラインにはない。Appleは互換機を否定してしまったようだから、Appleコンピュータ以外から僕が望むようなモデルが出ることもなさそうだ。また、PowerBookは高いから最初から候補外でもある。
そんなことを考えていたら最新の日経パソコン(97年11月3日号)でM.I.T.メディアラボのニコラス・ネグロポンテがこんなことを言っている。「(MacintoshとWindowsの両方を使っているとのことだが、どちらのインタフェースが優れていると思うか?との問いに答えて)生涯を通じてWindowsを使った時間は20分にも満たないが、Macは、いつでも10台ぐらいは持っている状態で今までやってきた。しかし残念だが、Macはあきらめようと思っている。アップルは、5年前から何も進歩しないどころか何歩も後退し、Macの忠実なファンであるユーザー達を裏切ったからだ。だからWindowsを使うことになるだろうが、それは使いやすいからではなく、どこにでもたくさんあるからだ。」と。
こんな状況だと僕の欲しいようなMacは出ないんだろうな、多分。そう言えばPiPiNatmarkってのはイーサーネットのポートってないのかな。
97年10月28日
メールが来た、海外からだ。しかもこのメール差出人本人の画像ファイルが添付されている。俺のつたない英検3級読解力で読み解くに、この人趣味でプロレスをしているらしい。でもなんだか怖いぞ……。ご本人、日本語は読めないと書いていたので画像ファイルをここに載せてしまうんだな。
さて、昨日はWARの伊勢崎大会へ出かけてきた。久喜から東武伊勢崎線に乗って伊勢崎にまで文字どおりたどり着いたのだけれども「あれっ、伊勢崎ってこんなに遠かったっけ?」って感じだった。まあ、前回伊勢崎へ出かけた時には高崎経由で新幹線を使って出かけたのだったし、試合自体休日の昼からだったので、自分の気持ちにゆとりが有ったんだろう。今回はフレックスタイム制の恩恵を最大限に生かし15時10分頃に職場(代々木)を出て、会場へ着いたのが18時20分頃。これって、名古屋・露橋スポーツセンターへ行くのとたいして変わらない所用時間だな。
さて、伊勢崎の駅(この駅はJRも東武線も同じ改札を利用するのだ)に着くと「ああここにレボリューションの一団がいたなぁ。」と思い出した。前回は龍原砲対ナガサキ・大矢組を目当てにSWSを見に来たのだった。で、試合が終わって伊勢崎駅へ着くと、そこに天龍、阿修羅、カブキ、石川がなかなか来ない両毛線を待っていたのだ。SWSは列車を使って移動していたから、グリーン車に天龍と阿修羅が座っていたり(なにも僕もグリーン車に乗ったわけではない。自由席を求めてグリーン車を通り抜けて移動していたのだ。なお、グリーン車を通り抜けて列車内を移動することはJR東日本により「断られて」いますので、良い子のみんなは真似しないように)、仲野がグリーンに載せてもらえないで一般客と一緒に「直角椅子」に座っていたのを見たり、高野拳磁の後ろに並んで新幹線の切符を買ったりと、結構楽しい思い出があるんだな。
さて、前回の伊勢崎駅での話だけれども、ようやくやってきた両毛線は思いのほか乗車率が高くて、レボリューション一行は高崎までずっと立っていたのだ。まあただそれだけの話なんだけれども、レボリューションのファンだった僕としたらちょっと夢のような光景だよね。写真を撮りたかったけれども、やっぱり迷惑だよなぁとか遠慮して撮影はしていない。今思うともったいないんだな。
さて、ってまた「さて」で段落が始まってしまい小学校の先生に赤ペンを入れられそうな展開だけれども、伊勢崎駅から体育館までの道のりは街灯もわずかにしかなく、星がきれいに映える。危惧していた道に迷うってこともなく(伊勢崎駅から体育館までは基本的にまっつぐに歩いて行けば良いのだ)たどり着けた。会場にちゃんと辿り着けるってのは嬉しいよね。なんて言ってもいまだにちゃんとたどり着けない千葉公園体育館みたいな場所も僕にはあるんだな。
試合が終わって伊勢崎駅の跨線橋を渡っている時に最終の準急浅草行き(21時30分)が出てしまったから、高崎経由で帰ることに。今日の両毛線にはもちろんレスラーはいない。高崎へ着いたら着いたで新幹線(22時8分)は走らなくちゃ乗れなかったから各駅停車の高崎線に乗る。赤羽到着が23時4x分だって。うひゃーやっぱり遠くへ来たんだな。
高崎線だから、途中で深谷駅を通る。深谷の町ってのは僕が始めて本格的にレスリングの試合を遠征して見に来た町だ。自転車で走りまわった(三鷹から深谷まで自転車でやってきたのだ)駅前がすっかりときれいになっていたので一人で感慨にふける。もう足掛け10年も遠征してレスリング見てんだな。
97年10月26日
はるばる名古屋まで出向き、名古屋に住む友達とたまさかに会ったのだからゆっくりと旧交を温めてくれば良いものを、後楽園ホールで12時から行われる全日本女子プロレスの試合を見ようじゃないかと早々に新幹線へ乗り込み東京へ戻る。東京駅へ着いたのが、12時直前だったから、歩みを速めつつ水道橋へ。久しぶりに会場へ馳せ参じると言う行為を楽しんだ。
名古屋と言うよりは日進の隣町に住んでいる友達は先日日進で行われた全日本女子の試合を見たと言う。当日券で入場したところ椅子席の1〜3列目までは人がいなかったのに、彼が座った4列目には彼を含めて多くの人がいたと言う。どうも、「2度目の不渡り」との記事があおりとなって当日券が伸びたらしい。このことは今日の後楽園ホールにも当てはまったようで、12時を10分ほど回った時点でも当日券売り場には30人ほどの列。ただまあ、列に並んだ一人一人がやたらに執拗に「南側はいやだ」とか「西側にしろ」だとか「どのあたりの席があるのか」と窓口に質問するものだから列が一向に短くならない。そんなに座席が気になるのであれば、前売りでチケットを買っておく気遣いはしないのか。不思議だ。
昨日のWARに続き、今日の全日本女子の試合も満足できた。メインイベント終了後の北斗選手のマイクアピールは僕にとっては蛇足ではあったが、会場では概ね好意的に受け入れられていたようだから、良いのだろう。ただ、もう少し中西選手の頑張りを反芻していたい気分ではあったのだが。
試合終了後、新宿へ移動し、SUN族へ。ディープなファンぶってとりあえず週末のレスリングツアーを終了。でも明日はWARの伊勢崎大会なんだな。あの体育館は駅から遠くてねぇ。5年前には往復とも歩きだったんだなぁ。
97年10月25日
電車を降りる前から気にはなっていたのだが、尾張横須賀の町はどうにもドブ臭い。ドブ臭い空気の中をしばらく歩いて腰を落ち着けた東海市民体育館のロビーにはやたらにハエが飛んでいる。どういう町か、ここは。
名鉄に乗り込む前に味噌煮込みうどんを食べた。以前に名古屋へ来た際には栄にある山本家本店を利用したのだが、今回は新名古屋駅の名鉄デパートにある山本家総本家。高級志向の本店と庶民派の総本家。どちらが好みかと言われると、たまさかに名古屋へ来るものとしては本店かな。名古屋へ来たときだけ「イベント」としてべるわけだから、本店のホスピタリティがうれしい。
今日もWARは面白かった。往復の新幹線と味噌煮込みうどんの代金の分は充分にもとを取れた。今日の会場となった東海市民体育館は設備の整った体育館で(前述の通りハエが沢山いるのには困ったけれども)、リングを置いた状態で丁度いい案配となる照明設備が体育館に備え付けられていた。そのおかげでWARの地方会場としては、久しぶりにちゃんとしたリング照明で試合を見られたことも嬉しかった。
休憩後の3試合、天龍・折原対荒谷・安良岡、北原対ブッチャーそして嵐対北尾。これを続けて見せられたらたいていの人は満足して家に帰ったんじゃないかなぁ。天龍組対荒谷組で硬い試合を見て、北原対ブッチャーでは体育館を1周するくらいに場外戦を繰り広げるレスラーを追いかけて、嵐対北尾では本当のヘビー級のぶつかり合いを見る。嵐対北尾では嵐が北尾をジャーマンスープレックスで投げつけるは、キタオドリラーをキックアウトするはで、いやはや小山で見た同カードよりも一層面白くなっていた。
と、まあこれ以外にもいろいろと収穫はあった。詳しいことは東京に帰ってからだな。
97年10月23日
キーィッ、くやしいなぁ。DDTの群馬大会に、jd’の後楽園大会。どっちも行けず。なんのためにフィルムを20本入りの箱で買ったのだぁ。DDTなんかはここを読むと悔しさ倍増。クーッ無人駅、クーッ杉山商店、クーッ女子高生……。
jd’も面白かったとのメールが試合終了後割合直ぐに入ってきていたし、全く……。次の観戦予定はちゃんと実現させねば。
今日買った週刊ゴングを見ていたらなんだか久しく見ていなかったものが目に入った。大仁田厚の上半身。FMW時代にはどんな試合でも上半身に何かを見につけていたし、ことFMWで引退する間際には見苦しいほどに太ってしまった体を隠すかのように何かを着ていた彼だけれども、今のコンディションにはかなり自信があるのだろう。試合中は黒のタンクトップを身につけていても、試合後は上半身裸に。そしてその写真がよく目に付く。ZENの大仁田はいろいろとファンから批判を浴びているようだけれども、全日本時代の大仁田が好きだった僕にしてみれば、コンディションが良いZENの大仁田、一度は生で見ておきたいなぁ。
97年10月20日
ヨドバシカメラへ行きフジカラーSuper G ACE800 for Professionalsの20本入りを買う。10,500円。比較的頻繁にヨドバシカメラへ行けるし、地元中野にはフジヤカメラもあるので、一度に20本も買い込む必要はないと言えばないのだが、なんとなく箱がカッコ良かったので買う。ただ、まとめて買ったからと言って割安なわけではないのが、不思議なところ。ヨドバシカメラのフィルムケースへ行くと、いつもその1本あたり値段に首をひねることとなる。わずかな違いではあるけれども。
一体全体1年間でどのくらいのフィルムを消費するのか?消費量の過半はレスリングを撮っている。とにかく僕はフィルムを消費する。過去には1興行で1本なんて感じで消費していたけれども、今では、こんな写真絶対使わないだろうなと思ってもとりあえず撮っているような状況だ。でも、フィルムと現像代をあわせて撮影本数でかけると……。恐ろしいので考えるのは止めた。
コストのことを考えると、長巻きを買ってきて自分で装填でき、自家現像が容易なモノクロのそれは経済的だ。あくまでも自分でやればの話ではある。春に自家現像を始めようとそれなりに道具を揃えたのだが、買ってきたまま手をつけずにおいてある。もったいないよなぁ。あの時は、間違えて(と言うか、こっちの方がカッコ良いやと値段を確かめなかった自分が間抜けだったのだけれども)5,000円もする棒温度計を買ってしまったのだった。あれも開封すらしていない。ムムム。
さて、明日または明後日頃からまたレスリング観戦の連戦時期となるのだ。今日買った20本のフィルムもあれよあれよと消費するだろう。来月まで持つかなぁ。
ちなみに、先日の格闘技の祭典では6本を使用……、バカ。
97年10月19日
先日「今日のプロレスカード」に載せたヒロ・マツダの写真を見た知人から「題名:江頭? 本文:7年前は本当にプロレスラーだったんだ。 浜松で。」ってメールが来た。確かにそんな風情があるよなぁ。
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| ▲確かにそうだけれども……。 |
僕の職場ではアンチ・ウイルスソフトとしてF−PROTを使っている。このF−PROT、最近バージョンアップしたらWin95対応ソフトの例に漏れず起動時に「今日の一言」だなんてダイアログボックスを表示する。大抵は「ご存じですか:F−PROTのウイルス情報ウインドウには、WWWボタンがあり、Detafellows社のウイルス情報を参照することができます。」(ちなみに正しくはDatafellowsが正しい、日本語化をする時にDetafellowsと間違えたんだろう)とかまあ一般的なことを表示するのだけれども、時として「ご存じですか:すべてのソフトウエア製品には、バグがつきもの。」と表示する。なんか凄いよな。
97年10月15日
出勤のために電車に乗ろうとして、財布を空けたら昨日買った切手が入っていた。先輩に封書を出そうと思って一枚だけ買ったそれだ。と言うことは、切手を貼らずに投函してしまったことになる。案の定、帰宅したら郵便受けに「料金不足」で封書が返ってきていた。E−MAILを頻繁に使うようになってから、ファクシミリや郵便を使うことが極度に減ったので、使い方を忘れたのか、自分は。うーん。
新宿で飲むと、例えば台北飯店だったり浪漫房だったりに「新宿区北新宿4−3−3 原方二階 笹目浩之」と書かれた、和服の男が影に釘付けにされている写真の大判のポスターが目に付く。写真は荒木経惟が撮影したとクレジットされている。前々から気になっていたのだが、これは水戸芸術館現代美術ギャラリー・特別展のポスターであると分かった、と言うか、中野ブロードウェーにあるタコシェへ「川崎ゆきお 原画展 パンフレット」を買いに行ったら招待券があったから分かったのだ。が笹目浩之って人が現代演劇のポスターを作っている人らしいと言うこと意外はあんまり分からない。でも、面白そうだから出かけてみよっと。
97年10月14日
ちゃんと確認しなくてはと言うことで、通常使っているIE4以外に、IE3(Win3.1環境)、Mozzila2.2(Win3.1環境)、Mozzila4.1を取り揃えてチェック。そうしたら、格闘技の祭典スペシャルの3ページ目がMozzila4.1では表示されなかった。全く参った話。IE4も不完全なタグだったら表示したりせずに切り捨ててしまえば良いものを。
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| ▲真樹日生夫は村上竜司と組み手。 |
97年10月12日
国技館まで97格闘技の祭典スペシャルを見に出かけた。知らなかったのだが、10年間に渡り行われてきた「格闘技の祭典」は今年で最後とのことだ。格闘技の祭典とプロレスマット界との関係で言えば、大仁田対青柳の異種格闘技戦が一番記憶に残っている。あとは、第1回大会にアノールド・スコーランJr.が出場したことかな。アノールド・スコーランJr.ってのもたいしたデクノボウだったな。
さて、今日の「格闘技の祭典」はプロレス的に見るものが十分にあり、満足のゆく内容だったのだけれども、いかんせん時間が長すぎた。進行運営に不手際があったわけではないので、詰め込み過ぎと言うわけなのだが、13時に開始されて18時30分に終わるようでは、ちょっとつらい。これが終わった後に、八王子へ移動して夢ファクトリーの福田対ライガーを見たかったのだが、あきらめてしまった。残念だったな。
一部で注目を集めていた真樹日佐夫対「未定」は、真樹日佐夫対「怖い顔」村上竜司に。「格闘技の祭典そのもの」とアナウンスされた真樹先生、時折笑みを浮かべながらの組み手で、その内容に特筆大書するものはなかったけれども、組み手が終了して、リングを降りた真樹先生に一番最初に手渡されてものが、あの「サングラス」であったことにはちょっと笑わせてもらった。
97年10月10日
目覚めた時には時すでに遅し、ってことでみちのくプロレス両国大会へは出かけなかった。エル・サタニコは見ずじまい。終日在宅となったので、タイトルページを作り変えた。あいかわらずなんだかいまひとつなwww.tky.3web.ne.jpのレスポンスを幾分かでもマシにしようと画像ファイルは大幅にカット。Java-Scriptも止め。そのかわり、Framesetを多用することになった。
Framesetについては好き嫌いが分かれているけれども、僕は嫌いじゃない、Webサイトが使いやすくなっているのであれば。ただレスリングハイ全体はもともとFramesetを想定しないで作ってきたので、あまりFramesetにピッタリとはこない部分も残ってはいるが、そのうち何とかするだろう。ところで、Noframeの指定をしたのだけれども、手元にはFramesetに対応したWebブラウザがなかった。だから、ちゃんとFramesetに対応していないWebブラウザにあわせて動作しているのかが分からない。どうなっているのだろうか。
6日にはWARの川崎クラブチッタ大会へ出かけた。WAR度の濃密な試合が終わった後で、あるWAR選手のお父さんと食事をする機会を得た。もともと僕の友人があるWAR選手のお父さん知り合い出会ったので、話はいろいろと聞いてはいたのだ。
さて、実際にお会いして話を聞くと、いやはや面白い話の連発だ。WAR選手たちのことを知ってもらうためにも、ぜひここで書きたいのだが、僕の友人もWebページを作成中、今回のネタを使うかもしれないので、あえて詳細には触れないでおこう。でも、本当に面白かったのだ。
97年10月7日
「◆新団体設立 『ビッグフォール エンタープライズ』の設立が6日発表された。所属は徳田光輝(29)らで、同団体では『空手、ボクシング、柔道などのあらゆる格闘技を取り入れたい』としている。旗揚げ興行は12月23日、東京・中野の鷺ノ宮体育館(午後5時試合開始)で予定されている。」と今朝の日刊スポーツには出ている。鷺宮体育館、地図で調べてみると西武新宿線鷺宮駅から200mほどのところにある。と、言うことは僕の部屋からかなり近い。僕の部屋は平時中野駅を最寄り駅としているが、実際には西武新宿線の新井薬師前の方が近い。鷺宮の駅はこの新井薬師前から4つめである。都心部での西武新宿線はおのおのの駅がかなり近く作られているから、駅4つなどと言うのは西金沢駅と石川県産業展示館との距離に比べれば物の数ではない(あたりまえ)。
かねてより、「ご近所プロレス」にあこがれている僕にしてみれば、待望の一戦だ。もしこの興行が成功裏に終わり、業界各筋において鷺ノ宮体育館が下北沢タウンホールと同じように手ごろな会場として認知されるようなことがあれば、さらに幸せ。これは、ここに倣って、会場下見なぞしてみるかと。
ところが、である。「馬之助の引退興行12・23後楽園 ☆…交通事故により現在も入院中の上田馬之助の引退興行が、力道山OB会の主催によって10団体参加のもと12月23日、東京・後楽園ホールで行われることになった。詳細は後日、力道山OB会から発表される予定。」と今夕の東京スポーツには出ている。力道山OB会、調べるまでもなく、WARとの結びつきは強い。と言うことは、この興行に天龍選手が参加することはかなり硬い。うーん、そうなったら後楽園ホールへ行くよなぁ。うーん。
97年10月4日
FAQだったのか……。サブディレクトリなしだとhtmlを記述するにせよ、ftpでファイルを操作するのも楽だろうし、なによりもサポートする際の工数が少なくて済むんだろうな。
普段持ち歩いているリブレット20のハードディスクを標準で搭載されている270MBのものから1.6GBのものへと載せ替え。やっぱりゆとりのある環境はラク。この位ハードディスクがあると、わざわざWin95を使う甲斐があるってもの。
木曜日、金曜日と大阪へ出張したりして気ぜわしかったのだけれども、その間僕が契約しているプロバイダ「3Web」は絶不調だったようだ、と言うか、今もそうみたいだが、インターネットワーキングの命であるルーティングテーブルに不正な情報が載ってしまい接続できないサイト続出。不整なルーティングテーブルを流した原因が3Webにあるのか、それとも他所にあるのか。きっちりと報告してくれるんだろうな。
ここのところめっきりe−mailの受信数が減った。そういうものなのだろうけれども、3Webが不調なだけに「もしやメールサーバが……」なんてことも疑ってしまう。