雑記帳CHiSAToY夜話 98年3月
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98年3月26日
 ああ、そしてまたもや中野にあるつけそば専門店「亀長」へ。酒席の徒然にこの店のことを話したところ、4人が連れ立って出かけることとなった。
 僕は、通常この手の店で店員と会話を交わすことはないのだけれども、同行した人間は、どうも黙々とこれを食べることができなかったようで、店主へいくつかの質問を投げていた。そこで店主の口からは驚くべき「亀長」の秘密が。
 「つけそばを食べ過ぎると、体を壊しますよ。僕は、仕事で毎日食べていたら、体を壊したので、今では、食べません。だから、味は見ていないんです。味は、お客さんそれぞれの好みだから、お客さんに見てもらえるし。」
 まあ、自らの体を気遣って味を見ないのは良いにしてもだ、おなじ器を使っていても、各席ごとに汁の濃さがまるで違うと言うのは、一体……。目分量ですらないのだろうか?亀長の味付けは。
 ところで、この亀長、量は多いのである。特にその麺は、太さと硬さもあいまって食べ終わるまでにかなりの時間が必要だ。この、いいかげんかつ濃い味付けと、大量さ、あたかもキャンプ料理を思わせる。それも、数奇物がコールマンのツーバーナーなどを持ち込んでするそれではなくて、手近にあるシングルバーナーをいくつか、あるいは、焚き火を使って作るそれの感覚に近いものだ。
 この感覚が、久しくフィールドへと出ていない僕に懐かしさを感じさせ、それゆえ、散々なことを言わせながらも「亀長」へ3度も出かけてしまったのだろうか。が、しかし「一日に3度も来ちゃったよ。」などと声高に言い放つ風体の怪しげな客もいたりして、俄然、「何か」が入っているとの危なげな憶測すらも渦を巻きはじめたりするのである。ともかくも、いかがわしきは「亀長」、しばらくは耳目を集めそうだ。
98年3月23日
 「小人閑居して不全を為す」と言うが、閑居していても何もしない僕は、小人ですらないのだ。
 と、愚痴っていても仕方ないので、部屋に転がっていたPCへINTERNET magazine 4月号についてきたFREE BSDをインストールしてみようかと思ったが、やめた。一人でPCを使っている環境にサーバーを置いてもあまりメリットは感じられないどころか、電気代の無駄だ。やはり、フリーのPC UNIXを使って遊ぼうと思ったら、SOHO環境が必要となるくらいに甲斐性を持って独立するか、インターネットへの常時接続でもせんとイカンな。
 インターネットへの常時接続として一番お手軽そうなのは、言わずと知れたNTTのOCNエコノミーである。先般、これを職場へ導入してWindowsNTベースとは言え、ちゃんとDNSも設置して使っているのだから、導入手順はわかっておるのだが、なんと言っても、先立つものに乏しい。月々、4万円弱の使用料を支払うのは、やはり困難だ。
 最近、住友不動産が売り出しているマンションのひとつに、全150戸でOCNスタンダードを共有すると言うものがあったが、こんな豪華版でなくとも良いから、OCNエコノミーを共有するアパートでもなかろうか。無論、この場合インターネットへのアクセスラインとしてだけではなく、ちゃんとサーバーも各部屋で設置することが可能であることが望まれる。
 何でまたこんなことを書いているかと言うと、インターネット上のWebページと言うものも、かれこれ2年弱やってきたが、ちょっと最近物足りなくなってきているのだ。で、インフラでも整えたら何か面白いかなぁと。あまり積極的な話ではないが、このまま作っている本人が、なにか物足りないなと思ったまま続けているんじゃ、見てくれている人に申し訳ないと思う。
 幸いなことに、作成者がこんな足踏み状態(足踏みってことは、次のステップがあるのか?)でも、ゲストブックには「天地に愧じず」を制作したKandyさんや、WAR公式Webサイトを担当されている市川さんが書き込みをしてくれているので、そちらもお楽しみいただきたい。特に、市川さんはゲストブックで出た意見をかいつまんでWAR武井社長へ伝えていただいているとのことなので、WARへ積極的な意見のある方にお勧めだ。
 話は、ガラッと変わる。3月18日の当コーナーでご案内したつけそば専門店(先だっては、つけ麺専門店と書いたが、確認したら「つけそば」だった)へもう一度行ってみた。今回は「スペシャル」と言うものを頼んでみたところ、あいかわらず煮卵は水なしでは食べられないほどに辛く煮あがってしまってはいたが、つけ汁は前回ほどには辛くない。「ほう、少し手を入れたかな」と思ったのだが、そうではなかった。
 となりで通常のつけそばを食べた友人のつけ汁は前回同様に濃い色をしている、では、どうして僕のはそうではないのかと言うと、「スペシャル」故に若干具が多く、器も大きい。つまり、もとダレの料は同じだが、これをのばすスープの量は僕の器のほうが多く、結果として、僕のつけ汁の方が味が薄いのである。
 つけ汁の味を一定にできない、つけそば専門店。店員は、麺がゆで上がりをキッチンタイマーが知らせているのに知らん顔、もう一人の店員は作り方を覚えない……。それでも3軒隣はその名も高い「青葉」。
 当人たちは、生活もかかっておろうし、必死だとは思うが、どうにも見逃せないこのダメさ加減が、つけそば専門店「K長」を、こうしてまたここに登場させることとなったのではある。
98年3月22日
 先週から自宅のメインマシンでWindows98のベータ3をインストールして使っているが、可もなし、不可もなしといった感じ。ユーザーインターフェースはすでに導入済みであったIE4のWeb統合モードとほぼ同じだし、そのほか細かいところをいじってみても、特にどうと思わせるものもないから、これまでと変わらないPCの使い方が続く。
 今回のWindows98に比べるとWindows95のプレビュープログラムをインストールしたときは、面白かった。DOS+Win3.1から95への変化は劇的だったし、特に、自宅で簡単にLAN環境を作れると言うことには、興奮した。ちょうど仕事でも、ネットワーク関係の仕事をある程度まじめにやらなくちゃいけなくなった頃だったから、夜を徹してPCをいじっていたりした。
 ここのところ、PCに限らず、夜を徹してでもそれを続けたくなるような面白いことがない。面白いことがないばかりか、なーんか、イライラしてばかりいるような感じ。なんとかせんとなぁ。まあ、こんなことは人に読ませる話じゃないね。
98年3月18日
 巷ではすでに、それと知られていることなのかもしれないが、中野駅周辺にはラーメン店が多くあり、それぞれがその個性を主張している。
 そんな中野にまた新しい店が。つけ麺専門店を標榜する「○○」(とりあえず、今日のところは名前を伏せておいてやろう)である。しかも、その出店場所は、東京でもトップクラスに入るとの評判がある「青葉」(実際、美味いと思う。どうにも納得のいかないラーメンを食べた後には、ここで口直しをすることが多い)の3軒隣である。さて、これはどんな塩梅だろうかと、入店してみた。
 20時ごろに客が一人もいない段階で、「これでは……」と思ったのだが、店員の動きを見ているにつれ不安は募る。どうも、彼らはつけ麺専門店を標榜しておきながら、その作り方をきちんと把握していないようなのだ。なにせ、手書きのレシピを書き込んであるノートを見ながら作業を進めていたりするのだから、いかがなものか。リーダー格と思われる人と、作業を依頼された人とが、そのノートを見ながら煮豚を仕込むためのつけダレの混合量でもめている。そんなもの、どれだけの容量を混ぜ合わせたかでもめる前に、味見をするなりなんなりすればよかろうに。
 つけ麺が出てくる前に、さんざんこんな感じであったので、すっかり期待するところもなかったのだが、実際出てきたものも酷い。麺は鉛筆の芯ほどの太さで、あたかも「すいとん」。これを、やたらに辛いというか、ほとんどしょうゆと言うか、そのようなものにつけて食わねばならんのだ。のどごしも、出汁のうまみも何もなく、とりあえずは我慢して、最後まで食べた。おかげで、あれを食してから数時間がたった今でも、のどがやたらに渇く。
 これで、つけ麺専門店を標榜するのだから、この話を中野駅をはさんだ反対側にあり、つけ麺の始祖を自認している「大勝軒」(なんだか、日本そばのような汁の味なのだが、なんとなくリピーターになってしまう)に聞かせたらどんな反応をするだろうか。あるいは、この仕事振りを、中野にあるラーメン店でも異彩を放っている「サッポロラーメン『味七』」の小言親父(この親父、とにかくもまあ、店のバイトに小言を言いまくりだ、が、味は良いので、客はしきりにやってくる)に見せたら、どれだけの小言を食らうことやら。
 こんな鼻白んだのは、とにかくも久しぶりである。「○○」、実力なさすぎ。そう言えば、かつてデビュー戦で破れた、あるインディペンデントマットのレスラーが、体もできてやしないのに、試合後にマイクを取り、「次は潰してやる」と言い放ったときもこんな感じだったな。何でも、すりゃいいってものでもあるまいに。
98年3月17日
 河津掛落としと言う技がある。名前のとおりに、河津掛けで相手をマットへと叩きつける技だ。そんなことは、いまさら言うまでもないことなのだが、河津掛け落としと言いながら、きちんと河津掛けもせずに、ただ単に相手の横に立ち、べたぁっと共倒れのように倒れておきながら「河津掛け落としでござい。」と言った顔をしているレスラーもいる。
 そんな、自分の仕掛ける技にこだわりを持てないレスラーを見るのが、どうにも、嫌である。ひとつの技をピシッと決めることもできないようなレスラーの試合は、やはりどこかピリリとせずに、だらだらと試合を続けているようにさえも見えてくる。誰とは言わないけれども、僕はこれを特定のレスラーを思い浮かべて書いている。河津掛けをしない河津掛け落としだからと言ってジャイアント馬場のことじゃないよ。いまさら、ジャイアント馬場の試合振りを云々しても始まるまい。
 河津掛け落としに限らず、たとえば、卍固めを繰り出しているレスラーの右脚が相手レスラー左脚をきちんとフックしていないとか、まあそんなことが気になるたびに、プロレスリングってのはそんな細かいこだわりを積み重ねるものなんじゃないのかと言う気になる。だから、なんともこだわりを感じさせないレスラーを見ていると「どうしたものか」と思ってしまうし、試合の中のたった一箇所でさえこだわりを見せてくれるレスラーならば、続けて見てみようかと思えてくる。
 WARを解雇されたレスラーの一人、嵐。レスリングファン一般的には、随分と辛口な評価を受けているけれども、彼がボディースプラッシュを放つときに、必ず空中で横へ半回転するさまや、さらには、空中で半回転するために、相手レスラーをそれに応じた向きにマットへ叩きつけるさまを見ていると、なんだか、その小さなこだわりが、どうにも捨てがたく感じられてくる。もっとも、恵まれた資質を持つ彼が、こんな小さなこだわりだけで語られているようではいかんのではあることも事実だ。
 彼はWARの次回4月大会に参加するのだろうか。もし、参加するのであれば、彼の恵まれた資質を今一度発揮させ、足を運んでくれたレスリングファンに見てもらうために、5連続3分1本勝負「ウルトラ『嵐』ファイト」。こんな試合を組んでみたらどうだろうか。
 対戦相手は、一宮、石井、岡村、多留、菊地にして、「嵐は5試合とも勝利しなければ、今日のファイトマネーはなし。一方対戦相手は嵐に負けなければ、次回WAR後楽園ホール大会のメインイベント出場権と、嵐の本日分のファイトマネーを受け取る(負けなかった選手が複数いた場合には、頭割りにする)。」と言う条件をつける。
 嵐の資質を持ってすれば、この5人のレスラーに通常の試合形式で、ただ勝つことは容易い。それゆえ、いつもの嵐であれば、相手レスラーの長所を引き出そうとした試合運びをしてしまい、どうにもファンにはそれが歯がゆく見うけられてしまうことがある。それならば、嵐がどうしても、短時間に、爆発的な力を出して、相手レスラーを圧倒し尽くさずにはいられない状況を作り出してみようじゃないか。
 この試みがあたりの目へ転がれば、きっと嵐の爆発的な力は相手レスラーのみならず、レスリングファンをも圧倒し尽くすのではないか……と期待してしまうのだが、どうだろう。天龍選手の出場しない、次回後楽園ホール大会、こんな「素の肉体を張った」捨て身の試みがあるくらいのほうが、WARらしいのではなかろうか。
98年3月15日
 全日本プロレスが5月1日に東京ドームで行う大会の試合組み合わせが発表になった。なんだか、これを見ていると、その昔、ジャパンプロやカルガリーハリケーンズが上がって頃の全日本を思い出す。その頃の全日本プロレスはとにかく選手が多かったものだから、国技館大会などは大半がタッグマッチの全12試合、どうにも見ているほうが疲れてしまうよっ、て感じだった。
 その頃と今度のドームのカードが、リズム的に似ているような気がする。今度のドームでは「三沢対川田、小橋・エース対スタン・ベイダー、秋山対馳」となっているわけだけれども、これって「フレアー対マーテル、鶴龍対ロードウォリアーズ、長州・谷津対ミル・マスカラス、アート・クルーズ」(85年10月の両国大会)とか、「テリー・ファンク対長州、スタン・ハンセン対ジャンボ鶴田、ジャイアント馬場・天龍対ロードウォリアーズ」(86年10月の両国大会)ってのと似たものを感じないか?、リズム的にね。
 さて、カードの変更で注目していた北尾対田上の一戦が消え去ってしまったのだけれども、実際の試合が幻となってしまっても、これは忘れんだろうというのが、先週木曜日(3月14日)発売の東京スポーツに掲載されていた北尾対田上の合成対決写真。北尾のローキックに悶絶する田上……。田上を見る。視線を下へ降ろすと、田上の下半身は天龍だ。なんか、パチモン怪獣人形みたいで良い感じだったりして。
98年3月14日
 昨晩、大学時代の先輩、友人と桜新町の鮨處しま田へ出かけた。いわずと知れた天龍選手のお店である。美味い鮨を食べながら、話をしていたら、僕が天龍選手のファンであると聞いた板前さんが、ちょうど店にいらしていた天龍夫人を呼んでくれた。
 予想もしなかった展開と、目の前に現れた天龍夫人に、上がりつつも、すでに相応の量のビールを飲んでいた僕は、同席していた先輩や友人を置いてきぼりにしたままに、天龍夫人と1時間ほども話し込んでしまった。
 1時間も話しに付き合ってくれた上に、同席していた全員へ天龍選手のサイン入り升を土産としていただき、しま田での宴席は心うれしい時間となったのだった。
 しま田の座敷から能く目に入る桜新町の八重桜は4月の半ば頃に見頃となるという。その頃には、また足を運ぼうと思う。
98年3月11日
 昨日のWAR後楽園ホール大会で撮影したフィルムを現像へ出し、仕事帰りに受け取ってレポートを作ろうと思ったのだけれども、今日になって、職場のサーバーがハードウエアトラブルを起こし、その復旧作業に立ち会ったり、データのバックアップをしたりしていたので、フィルムを受け取れなかった。なので、レポートは延期。もしも、楽しみにされている方がいらっしゃったら、ごめんなさい。さらに、僕がレスリングハイのメンテナンスを休んでいる間にアクセスされた方にもごめんなさい。最近ちょっと忙しいことと、筆(つうか、キーボードって言うか)がちょっと進まなかったので、休んでました。
 さて、昨日のWAR後楽園ホール大会が終わってから、いつも通りに、水道橋駅近くの牛舌屋「太助」で、旧知のMクンと話をしていたのだけれども、あんまりレスリングの話にはならなかった。なんだか、試合を見終わったら、すっかりと肩の力が抜けてしまって、そんな話をする気分にも余りなれなかったのだ。
 とにかく、昨日のWARは1月、2月と「刺激の強い」ものを見続けてきたためにか、食い足りなさと、脱力感に見舞われるものだった。このあたり、細かいことは、明日にでもグラフレポートへ書こうかとも思うが、とにもかくにも、これだけは言っておこう。
 大刀光、二度と僕の前に姿をあらわさないでくれ。大刀光のファンの方がこれを見ていらっしゃったら、大変に申し訳ないのだけれども、とにかく、僕は2度と見たくない。試合ぶりはそれぞれに得手不得手や、熟度の違いがあるものだから、拙い試合を見せたとしても、仕方なしと言えなくもないが、なぜ大刀光は荒谷が下手なりに一生懸命のアピールをしている足元で、笑っていられるのだろうか。ふざけるのもいいかげんにしな。
98年3月4日
 ちょっと油断していると、直ぐに日が過ぎてしまい、今日はもう3月4日。新日本プロレス東京ドーム大会まであと1月となった。ドーム大会にはWARの安良岡が出場する。既に、北原、嵐、大刀光もWAR以外のマットに上がっている。彼らが、WARの種を各所に播いてこられるのか、それとも、千路に吹き飛ばされてしまうのか。このあたり、ゲストブックに書いたことと同じだな)。
 嵐、大刀光は3.10WAR後楽園ホール大会に追加で参加が決まったが、嵐・一宮 対 大刀光・多留と言うカードとなると、試合内容に一抹の不安を感じてしまう。この組み合わせ、よほどに嵐と大刀光がしっかりとしたものを見せないと、ファンに最終判定を下されてしまうだろう。大刀光と多留のタッグ、リングサイドからは多留軍団の声、「大刀、頭、頭」、大刀光一宮のスキンヘッドをはたく、リングサイド笑う……とか、大刀光と多留のタッグ、リングサイドからは多留軍団の声、「大刀、モンゴリアン」、大刀光一宮へモンゴリアンチョップ、「もう一発?」、でもう一度モンゴリアン、リングサイド笑う……なんて言うなんだか、空気のよどむような光景を直ぐに想像できてしまう。こういったものをすべて否定してしまえとは言わないが、3.10に限って言えば、いかがなものかと思う。
 ところで、3.10に参加するX。これについては「今日のプロレスカード」で「3.10 X誰だ」とかやっているのだが(って、更新は止まっちゃってますが、これから書く話のために止めているのだ、と言い訳する)、今載せている川田選手(このあたり、レスラーの名前に「選手」と付いたり付かなかったりするのは、僕の微妙な気分を表しているかも知れん)の写真で、ニールキックを食らっているのは、顔は映っていないけれども天龍選手である。
 この写真で蹴られているのが天龍選手であるとはっきり分からしめるものは、この「黒と黄のリングシューズ」ではないかと思う。少なくとも、僕は写真のトリミングをするときに、「黄色のリングシューズが映り込んでいたほうが、天龍選手だと分かりやすいな。」と思い、これを入れ込んだ。年期の入っているファンならば、シューズを見ずとも、「ふむ、この頃の天龍選手は『日焼けをせずに、白い肌にしておくことで、体調が分かりやすい』と話をしていたなぁ。」と、今に比べると随分と白い肌を見て、懐かしく思えたりもするかも知れないが。
 それはそれとしても、天龍選手とこの「黒・黄のリングシューズ」は切り離せない結びつきだろう。平井選手が「黒と黄のリングシューズ」を履くだけで、その「小天龍」ぶりに磨きがかかったことからも容易にうけがえる話だ。
 リングシューズがファンの頭の中に刷り込まれていると言えば、ことさら天龍選手だけの話でもあるまい。長州選手の「白いリングシューズ」、あるいはアントニオ猪木の「黒いシューズに真っ白な靴紐」もそうだ。一部では、白いリングシューズに入れ込みを持っていた長州選手は、輪島が白いリングシューズを履くのを嫌がっていたとも聞くが、まあ、それは一部マスコミが作り上げた話だとしても、それくらいに思い入れを持ってくれているほうが、ファンとしては楽しいことだ。
 ところがである、最近ではプロレスマットで見かけるリングシューズもすっかりと安易な方向へ流れている。「安易な使い手の増加、受け身の向上、マット整備の進んだこと」がプロレス技を堕落させたとはファンの定番受け答えだが、それと同じくらいに、アマレスシューズやフィットネスシューズと言ったいわゆる「ブランドロゴ入りシューズ」の導入はプロレスを安易にしているように感じる。
 小林邦明が虎狩りを繰り広げていた頃に履き出したアマレスシューズはそれでも、彼の個性だった。インディーの若手女子選手がフィットネスシューズで試合をすることも、彼女たちの資金繰りは苦しいが、マットには上がりたいと言う内情を垣間見せ、それはそれで意味があった。が、今じゃ、あのベタベタのプロレスラー越中までがブランドロゴ入りシューズだ。
 週刊プロレス専門誌で2月15日に武道館で行われた越中 対 蝶野を見たら、越中のシューズがブランドロゴ入りのアマレスシューズ。脚の負傷を気遣ってのものかも知れないが、かなり残念。プロレスラーの「その辺の兄ちゃん化」が喧伝させる今日、せめて、リングシューズくらいは、その辺のスポーツショップでは買えないものにしてくれないか。ブランドロゴ入りのシューズをマットに見る度、プロレスの非日常性がまた一つはがれた気がするのは僕だけではなかろう、って僕だけか。

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