雑記帳CHiSAToY夜話 98年5月
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98年5月31日
明るい日差しが差し込む、昼下がりの体育館。白昼堂々木槌を持った男が一宮を襲う。ポーッとした空気が満ちた空間にけだるさが漂う。
▲明るい日差しが差し込む、昼下がりの体育館。白昼堂々木槌を持った男が一宮を襲う。ポーッとした空気が満ちた空間にけだるさが漂う。
 半年ぶりに訪れた安中の街は、陽光にあふれ、街道脇の畑は文字通りの麦秋を呈していた。そんな中を体育館へと向かう。すれ違う人もまれな道行き、飛び交うツバメばかりが目に入る、スッカラカンな街。
 たどり着いた体育館、中へ入れば、そこもスッカラカン。日差しばかりが一杯に入り込んでいる。お客さんは200人くらいかな。新日から安田とカ・シンが参加しても、観客動員に急激な効果はないようだ。果たして、地元の人たちが、安田とカ・シンの参戦を知っていたかもわからないし、中野からですら3時間余の行程を要する安中の体育館では、遠征組もそんなに期待できないから、無理からぬ話ではある。
 多留対一宮で始まった大会は、怨霊対コスモ、岡村対ニイハオ、菊地対死神と来て、セミファイナルはバトレンジャー対石井。バトレンジャー対石井はちょっと前までは、第一試合でやっていたようなカードだ。そろそろ石井のバトレンジャー超えを見られるかと思ったけれども、今日もバト・ハッカーでバトレンジャーが石井を下した。バトレンジャーと対戦する石井には、IWAジャパン勢と対戦するときのような気の張りが見えなかった。見ている自分も、肩の力が抜けて行くのがわかる。
 それもこれも、この明るすぎる日差しが悪いのさ。木々の葉に照らされて濃い緑を帯びた光と、時折吹き渡る乾いた風が心地よい。こんな日には、窓辺で風をはらむカーテンを見ながら、うつらうつらとするか、カヤックで水面へ飛び出すべきだ。そう言えば、明日から鮎釣りが解禁だ。川へ鮎釣り師が入ってしまえば、春のカヤック川下りシーズンも終わり。今年の春も川へ行かなかったなぁ。
スピードと圧力。プロレスを見ているんだなと実感させる瞬間だ。
▲スピードと圧力。プロレスを見ているんだなと実感させる瞬間だ。
 安田とカ・シンが入ってきてメインイベントが始まった。リングサイドの女性ファンがカ・シンの名を呼ぶ。彼女の手には、オリンパスペンFが構えられている。カ・シンとオリンパスペンF、なんて渋い取り合わせだ。こんな人と知り合いになりたい……。
 そんなことをボーっと考えていた僕は、ハッと我に返った。リング上で躍動する荒谷、望月、安田、カ・シンが「あっ、俺は今、プロレスを見ている。」と思い起こさせてくれたのだ。スピード、圧力……、今この目の前で展開されているものこそプロレスだ。ここ何ヶ月かなかった感覚、そうか、僕は3月10日から、今日まで、プロレスを見ているようで、見られていなかったんだ。
 メインイベントは9分。安田が望月をタイガードライバーで葬った。決して長い試合ではなかった。それでも、僕には充分な「プロレスを見たんだ。」と言う感覚が残っている。その点において気持ちが明るい。
 新WARは、新日からの選手を迎え入れなければ、僕に「プロレス」を感じさせられなかったのかも知れない。そして、今日それを感じたのも、安田やカ・シンの「力」かも知れない。だけれども、プロレスは攻防一体となって創り上げられるもの。今日の「プロレス」にも、必ず荒谷や望月の「力」入ってできたものだ。そう、荒谷や望月にもその「力」があるのだ。
 明日の後楽園ホールで、荒谷は安田と、望月はサンダーライガーとシングルマッチで対戦する。WARの荒谷、望月、この二人が対戦相手に負けない「力」の輝きを見せられることを期待して僕は後楽園ホールへと足を運ぶ。


98年5月30日
 ちょいと遠出をしてレスリングを見に行くときはいつも、会場への道順に頭を悩ませることになる。その会場が、いわゆる大会場ではなくて、特設リングに近いものだったりするとなおさらだ。
 明日WARの試合を見に行く安中の体育館は、偶然にも昨年11月に出かけたことのある会場だから、明日は道に迷うこともないだろうけれども、11月にはこんな感じで会場にたどり着いたものだ。
 WARは安中大会の翌日、後楽園ホールにて試合を行い、さらに6月6日には、御殿場青果市場で試合を行う。ちょうど、土曜日でもあるから、この会場へも足を運ぼうと思っているのだが、どうにも道順がわからなかった。週刊プロレスには割に詳しい幹線ガイドが出るけれども、僕はあれを定期購入していなので、目的の会場が載るタイミングを見計らって入手するのも難しかったりする。そこで、参加しているメーリングリストで聞いてみて、今回は要領を得た。
 そんなことがあってから、今週の週刊ゴングを見たら、WARの広告ページに各会場への簡単な道案内が載るようになっているではないか(前週のそれでは、八王子大会のみ案内が出ている)。ファンってのは、こんな小さなことでも、嬉しい限りだ。これで安心して最寄り駅から会場まで歩くことができるよ。


98年5月29日
 天龍選手が新日本プロレスのシリーズに合流した。初戦となった金沢大会の報道を見ると、このシリーズも元気一杯なようだ。3月以来となる「生天龍試合」(6/5の武道館大会)までもう少しだ。
 つい先頃まで雑誌エスクワイアの電車の吊り広告が掲示されていたけれども、そこに載っていた細野晴臣、頬がプルンプルンにたれ落ちる、あまりのデブデブぶりに驚いた。どうしたらこんなに……などと考え込んでしまった。
 が、しかし、このデブデブ状態。他人事ではなくなった。今週発売の週刊ゴング(No.717)、WARの八王子大会の記事を見ると、荒谷選手がムーンサルトを見舞っている写真に、カメラを構えている自分が小さく写り込んでいるのだが、それがどうにも「デブデブ」。まるで、突き出た腹で腕を固定して、カメラブレを防ぐかのような案配。幻滅。
 この日、僕は「一宮は太りすぎ」だとか、「バトレンジャーは4月のタプンタプンだった腹が少し締まった」などと、まあ、悪口を言い放っていたのだけれども、人のことをとやかく言っている場合じゃなくなってしまったぞ、うーん。
 なのに、今日も飲み会だ。えーぃ、ブル中野のように社会から隔絶してやろうかしらん。


98年5月24日
 WAR八王子大会へと出かけてきた。荒谷のカードは対望月・菊地組となっていた。どうして事前に発表しなかったのだろうか。もしかして、発表したけれども東スポなどが取り上げてくれなかったのかな。それとも、僕の見落としかな。
試合終了後、記者に囲まれる荒谷。
▲試合終了後、記者に囲まれた荒谷。古くから荒谷に注目しているプロレス評論家菊池さんの姿も見える。明るい顔でインタービューを受ける荒谷が印象的だ。
 試合開始の1時間ほど前から強くなった雨の下、頭からすっかりと濡れてしまった武井社長たちが設営した会場に入場した観客は200人程度かな。ほとんどが、プロレスを見慣れた観客のようで、いわゆる一般客は少ないように見える。一般に知られている選手が一人もいないのだから、当然と言えば、当然だが。それでも、来場したマスコミ関係者の数が揃っているのは、まだWARと言うものが、それなりの光を放っていると言うことなのだろうか。
 第一試合は一宮とニイハオの試合。ニイハオは、石井を相手にしたときに比べると、随分とソフトな試合運び。それにしても、一宮にはがっかりだな。4月の後楽園ホールに出場したバトレンジャーもそうだったけれども、体が弛みすぎ。もうちょっと、気持ちを入れてほしい。これじゃ、「WARの選手です。」と人前に出せない。
 「WARの選手です。」と胸を張って人前に出すならば、やはり石井だと言うことに衆目が一致するだろう。セミファイナルでIWAジャパンの山下、月岡組と対戦した彼は今日も小気味の良いファイトを見せてくれた。石井選手のお父さんとは面識があり、今日も隣り合った席で試合を見ていたのだが、奮闘ぶりに満足されていた。奮闘ぶりに満足されるとともに、試合後、石井選手に話しかけていた女性ファンに「おっ、あれは誰だ。」とすかさずチェックを入れているところは、さすがに親であると言えよう。石井選手のお父さんは、しばしばお忍び(つまり石井選手には知らせずに)で観戦されているので、石井選手に目を付けている女性ファンはそのつもりで行動するように(笑)。
 メインイベントの幕切れは、想像以上に早くやってきた。ハンディキャップマッチだというのに、11分8秒で荒谷がパワーボムから菊地をフォール。少しばかり嫌らしい書き方をすれば、カウント入れた海野レフェリーも3カウント目を躊躇したほど早かったと言える。それでも、試合にそれなりの満足感があり、また、試合を終えた荒谷も明るい顔つきをしていたのは、荒谷がこの試合に自信を持って挑んでいたことと、次の試合からは新日本プロレス・安田の参戦と言う焦点がはっきりとしたからだろうか。
自信に満ちた試合運びを見せた荒谷。
▲自信に満ちた試合運びを見せた荒谷。
 この試合での荒谷は、前回の後楽園ホールでの態度が嘘のように自信に満ちて見えた。途中、望月の三角跳び蹴りを顔面に喰らったが、危なかったのはこの程度で、後はのびのびと試合を楽しむかのように進めていた。圧倒的なヘビー級の肉体を持つ荒谷にこう出られてしまったら、望月もヘビー級初級の菊地も為すすべはない。なにが荒谷を吹っ切れさせたのだろうか。
 とにかくも、今日のWAR八王子大会は、まるで今日の日中と同じように、厳しい状況という雨は降っているものの、なにか明るさのある試合だった。今日の荒谷の様子ならば、安田との一戦は、名を上げることはあっても、4月の後楽園ホールで見せたような、とまどいや弱々しさを見せるようなものにはならないだろう。
 まずは5/31安中大会を注目しよう。ここでも荒谷の自信が消えていないようであれば、荒谷の変身は本物だ。安中市中央体育館は小振りな体育館なので、会場のどこからでも荒谷が本当に大きく見えるだろう。是非、足を運んでみてほしい。


98年5月23日
 さて、いよいよ明日と言うことになったWAR八王子大会(13時開始)だが、結局荒谷のカードはどうなったのだろうか。「安良岡は負傷欠場だが、メインイベントで行う荒谷の試合はハンディキャップマッチとしたい意向。」と発表されていたのみで、僕の知る限り発表はされていない。
 次週の安中、後楽園大会のカードは、すでに新日本プロレスから選手が参加する形のものを発表しているのだから、八王子には、新日本プロレスからの選手参加はないと言うことかな。うーん、何だろうなぁ。
 明日のカードがどのようなものになるにせよ、安中、後楽園と荒谷対安田の戦でカードが組んであるのだから、6/5の新日・武道館大会で荒谷が何らかのアクションを起こすことも考えられる。さらに、その勢いで6/6WAR御殿場大会へ突入かな。とにかくも、明日から3週続けてWARですな。
 荒谷が新日勢と絡むと言うことは、WARが、いわばノーマルなヘビー級路線に活路を見つけようとしているわけで、こうなると、ハチャメチャ路線はないだろうな。WARはこれまで比較的堅く続けてきた団体だけに、これまで見られることがなかった、ハチャメチャな部分を見てみたかった気もある。
 それが、明日の八王子、一日限りで見られたりすると、「伝説」として長い間話をできたりするんだが、どうなるかな。
98年5月21日
 おおっと、驚いた。WAR5/31安中と、6/1後楽園ホールに新日勢の参加が発表された。安中では、荒谷、望月が安田、カシンとタッグ対決、そして後楽園のメインイベントでは荒谷と安田がシングルマッチで、ヘビー級の迫力を問う。さらに、望月はライガーとのシングルも。
 余所の力を借りぬメインイベントを目指した4/26後楽園ホールとは、打って変わったこのカード。これをジャンピングボードとしてほしい。
 一方、6/14のキャプチャー地下室マッチでは、北原対大刀光の「グローブマッチ」がある。WAR勢の躍進が始まる。
 それにしても、荒谷とカシンがまみえる日が来るとは、想像すらつかなかったなぁ。
98年5月19日
 安良岡選手、右アゴ骨折で全治2ヶ月。当然、ベストオブスーパージュニアは欠場だし、24日のWAR八王子大会も欠場だ。WARでは代替の選手を出場させるとのことだが、なんともまあ、これだけ不運が続くというのも珍しい。
 代わりの選手とは誰になるのだろうか。そもそも、ハンディキャップマッチのまま安良岡の位置へ代わりの選手を入れて実行に移されるのだろうか。とにかく、実現策を考えて、それを実行するのが、WARの仕事であるのだから、ひとまずは、WARが答えを出すのを待とう。
 では、WARが答えを出すまでの間、ファンをなにをしていればよいのか。それは、言うまでもなく「妄想」である。「妄想」に耽るのである。
 「妄想」を始めるや否や、頭に浮かんだのは「七人の侍」に出てきた、躍動する三船敏郎、役名「菊千代」である。大地を疾駆し、山に分け入り、とにかくも走り回る。あれである。あの生き生きとした感じをWARプロレスで表現できないだろうか。
 たとえば、おっとあらかじめ言っておくがこれは「妄想」であるから、実現可能性など考慮していないが、荒谷対望月、岡村、多留、菊池、石井、一宮、バトレンジャーである。これを「侍デスマッチ」と称して行う。
 「侍デスマッチ」とはいかなるものか。よく、テレビの時代劇で行われる殺陣を見ていると、必ず一人ずつ斬りかかって行くではないか。あれである。礼を重んじて、一人ずつ斬りかかって行くのだ。同時に「侍」なので勝敗は、「生死」を以て決する……ともいかぬので、多数側は荒谷から10カウントKOを奪えば勝ち、荒谷側は3カウントフォール、ギブアップ、KOで相手を一人ずつ排除して行き、全員を倒せれば、勝ちである。
 「侍デスマッチ」はエニウエアルールで行う。会場全体が戦場である。闘う荒谷と多数側レスラー、彼らを取り囲む観客。一団が渾然一体となり会場全体を縦横無尽に動き回る。
 しかし、この試合をWARがやるからには、凶器などの入り込む余地はない。あるのはただ鍛えられた肉体と肉体とのぶつかり合い。そこには、あたかも、野武士軍を相手に走り回る三船敏郎の菊千代、吉岡一門を相手に二刀を振るう中村錦之介の宮本武蔵、あるいは秀吉を翻弄する市川雷蔵の忍びの者を間近で見ているかのような興奮が生まれやしないか……と妄想するのである。
 なにをまあ、馬鹿なことをと思うだろうけれども、安良岡が欠けて、なおかつ同日には全日本が後楽園、国際プロが戸塚、SPWFが小山。観客の取り合いである。たださえ苦戦の動員数が、なおさら危ぶまれる。もう、ここまでくれば、破れかぶれの文字通り「破天荒」。一度で良いから、こんな凄いメチャクチャを見せてはくれないものか。伝説は一瞬にして生まれる、可能性は大いにある。
98年5月18日
 新日本プロレスの吉江選手。週刊プロレスインターネット熱戦譜速報によれば、第一試合に出場して勝利を収めている。無事であったことを心から喜びたい。
 その一方で、安良岡選手が試合に出なかったようだ。金本戦で負傷したのだろうか。次のリーグ戦、そしてなによりWARの24日八王子大会が目前となっているだけに、無事であることを祈りたい。
しま田にて
▲5月16日 しま田にて
 週末に上京され、しま田と新日本プロレス後楽園ホール大会をご一緒させていただいたYさん、「ナオミさん」(仮名)からしま田で撮影した写真を早速ファイルにして送っていただいた。天龍選手の大きさは、実物が大きいのだから当然だが、僕自身の顔が相当に大きく写っていることには驚きと失笑を禁じ得ない(左端ね)。広角レンズ特有の画像効果であるとしておこう。Yさん、「ナオミさん」(仮名)、ありがとうございました。さらに、写真撮影に快く応じていただいた天龍夫妻にも心よりお礼を申し上げたい。
 この週末には、Yさん「ナオミさん」(仮名)とお会いしたばかりではなく、レスリングのWebページ「冗狂呆酷」を創られている潮崎_春樹さんともお会いすることができた。彼のサイトの記述にもあるように、お互いに共通するものを持っているので、「冗狂呆酷」が立ち上がった頃から、一度お会いしたいと思っていたのだ。
 潮崎さんとお会いしたには、もう一つ訳があった。最近、ネット上での共同作業(コラボレーション)に興味があり、そんな意味からも、ものを創っている人に会いたいという欲求が生まれてきているのである。潮崎さんは、その欲求を満たすに充分な創造力を持った方だった。今、「冗狂呆酷」の改変を試みられているようだが、必ずや良いものが生まれるだろう。
 ものを創っている人への興味(余談だが、日曜日深夜に全日中継の次に流される「美の世界」、あれって良いよな)と言う点において、恒に僕の耳目を引きつけているのが、レスリングのWebページにおいて古典とも言うべき(もちろん、良い意味でだ)「Pの穴」の小太郎さんだ。JR高砂駅で線路を挟んで初めて出会ったという、まるでテレビドラマのような光景から、すでに4ヶ月ほどたった。天龍選手の引退試合の日と言わず、機会があれば、いつでもレスリングのこと、Webページのこと、そして、ものを創ると言うことについてお話を聞かせてもらいたいと思っている。
 小太郎さんの「Pな日記」では、時折、自ら丹精された野菜を肴に酒を飲む記述が出てくるのだが、あれを読むと、新潮社が出した「池波正太郎 料理=近藤文夫 剣客商売 包丁ごよみ」を思い出す。しみじみ良いよねぇ。

98年5月17日
 超満員の新日本プロレス後楽園ホール大会で、安良岡は金本に勝った。相手の攻め技を体を張って受けきり、そして最後に刺す。決まり手は、いわゆる「スクールボーイ」だが、金本のきつい攻撃を受けきってのそれだから、まさに必死の極め技と言える。WARのレスラーらしい、堂々たる真向勝負だった。
 この試合で、安良岡は金本の「デスレイクドライブ」を食らい、左肩からマットへ叩きつけられた。その状況でも安良岡は頑張って勝った。勝った安良岡には、直ちにリングドクターがコールドスプレーなどを使い応急の処置を行っていたところが見えた。リングドクターは、控え室へ帰る安良岡に同行していたので、控え室では、更なる処置が行われただろう。このあたりに、新日本プロレスと言う会社の「体力」を感じさせられる。
 ところが、この新日本プロレスの「体力」を持ってしても、事故と言うものは避けられないときがあるようだ。メインイベントに抜擢された吉江選手は、小原選手のパワーボムでフォールを奪われたが、そのまま意識を取り戻すことなく、担架に乗せられて退場した。担架に乗せられた体には、生気がない。
 このパワーボムの前に、小原選手は吉江選手にアニマル浜口流のランニングネックブリーカー、いわゆる首タックルを極めている。このダメージが大きかった。3カウントこそ入らなかったものの、小原選手が腕を取り引っ張り上げようとしても吉江選手はまったく立ち上がる気配を見せなかった。そして、そのダメージが重大であったろうことは、首タックルが入った直後にリングドクターがエプロンサイドに片ひざをかけて、リングへ上がろうとしていた事からも分かる。
 リングドクターは吉江選手の異変に気づき、試合を止める、あるいは、吉江選手のチェックに入りたかったのだろう。小原選手も、吉江選手の異変には気がついていた。この時点で、既に事故が起きていたと言えるだろう。
 が、誰にも、そこで試合を止めることはできなかった。そりゃそうだ、超満員の会場で行われている、スター選手出場のメインイベントである。試合を止める方法はただ一つ、強烈なフィニッシュ技。吉江選手は小原選手のパワーボムに、まったく有意な受身を取っていない、少なくとも、僕にはそう見えた。
 プロレスは難しい。僕は、安良岡選手の試合を「攻め技を体を張って受けきった」と誉めた。「受け」はプロレスの重要な要素だ。当然、攻める側も全身の力をこめる、それが真向勝負だし、レスラーの本懐だろう。中途半端なまま試合を終わらせることは、レスラーの自負が許すまいし、ファンもトコトンまでを望んでいる。
 しかし、事故は、いつ、どのような形でおきるかわからない。予期せずに、起きるから事故である。異変が生じても、それがとんでもなく酷くない限り、レスラーは、そのレスラー意識のままに試合を続けるだろう。そして、観客はいつだって「残酷」だ。自分が納得するシーンを眼にしないうちは、試合を終えることを許すまい。ことが大事に至らねば、誰も異変を事故とは認識はしまい。が、それでは遅いのである。
 吉江選手は、きっと今ごろは平に復して笑っていてくれるだろう。そう願う。が、今日はぎりぎりの瀬戸際だったのだ。これを機に、プロレスに関わる者、リングの中の人も、リングの周りの人も、皆、危ないと思ったら試合を止められる勇気を持とう。プロレスが好きで、レスラーを尊敬しているならば、きっとそれができるはずだし、そうしなくちゃ、いけないことだ。
98年5月16日
 このレスリングハイと言うWebページも、開設以来2年が過ぎ、のべ2万人を越える方に見ていただいた勘定となる、一個人が、気ままに続けているWebページとしては、望外の成果であり、見ていただいた方々、ゲストブックへ書き込みをしていただいた方々、さらには、メールをいただいた方々に厚く御礼申し上げたいと思います。
 メールをいただいた方々の中には、お会いする機会を得ることも多い。昨日も、兵庫県のYさんから「上京される機会を得たので、会いませんか。」とのお誘いを受け、桜新町の「しま田」でお会いすることとなった。
 Yさんと、同じく上京された「ナオミさん」(仮名)、そして僕と無理を言ってご同行願った、あの「クマと闘った」Kiku先輩の4人で「しま田」のカウンターに陣取り、心利ききの板前さんが出してくれる肴と「麒麟山」を楽しみながら、会話が弾む。
 一体に初対面の方との会話はぎこちなくなるものだが、レスリングハイを通してお会いする方とは、何度もお会いしているかのごとくに、会話が進み、心地よい。ましてや、レスリングハイについて些少なりともお褒めの言葉をいただこうものなら、Webページ作成者として、これに勝る恍惚はない。欲を言えば、これと同じように女の子にも受け入れてもらいたいものだとは、きわめて最近に、またもや失恋した者の余談ではある。
 さて、「ナオミさん」は、人後に落ちぬ天龍ファン。「もし、今ここに天龍選手がいらっしゃったら、何も喉を通らなくなる。」とのことだったが、ちょうどそのとき、階段を大きな体の人が上がってくるのが見えた。顔は見えなかったものの、右腕に時計をはめている。「ああ、あれが、折原が言っていた『ロレックスつきの右手が飛んでくる』って言う右手なのだな。」と思っていたら、ズバリ天龍選手の登場。興奮を隠せぬ我ら、こと、「ナオミさん」のそれは押して知るべしである。
 天龍選手にとっては「プライベート」な時間なので、こちらから声をかけることを遠慮していたのだが、板前さんが天龍選手に声をかけてくださったので、天龍選手が席を立つときに握手をさせていただいたばかりか、一緒に写真に収まっていただくまでしていただいた。至福の刻。天龍選手が放つ、一流のレスラーたる佇まいは、燦然と輝き、眩い。
 このように、Yさん、「ナオミさん」、Kiku先輩と「しま田」によって僕は、幸せな時間を過ごさせてもらった。Yさんと「ナオミさん」には別れ際に兵庫のお土産までいただき、まったくお礼の言葉もない。この厚情にいささかでも報いるために、僕は今日もMSナチュラルキーボードを叩く。みんな、どうもありがとう。
98年5月12日
 日刊スポーツのWebページで、WAR5/24八王子大会の試合組み合わせが発表になっている。メインイベントは荒谷対安良岡・望月。
 荒谷対安良岡・望月とは、いったいどのような試合形式なのか。いわゆるハンディキャップタッグマッチなのか、それとも、勝ち抜き戦か、はたまた安良岡と望月が同時に攻めて良いようなルールなのか。
 ルール面は更なる発表を待つとして、このカード2面の見方ができる。一つは、やはりWARは荒谷の相手を見つけてくることができなかったとなる。もう一方は、こう言った発想ができるのならば、これからのWARに期待できると。
 前者の見方、荒谷の相手を見つけてくることができなかったと見ると、こんな感じだろうか。確かに、WARの台所事情はよろしくない。が、一方で、荒谷は日本マット界において、堂々たる体躯を持ったヘビー級選手だし、また、荒谷以外の所属選手(厳密に言えば、一試合ごとの契約なのだから、「所属」ではないのだろうけれども)は、JRヘビー級か、ヘビー級になる途中(菊地のことだ)なのだから、苦しかろうが、荒谷と対戦させるにふさわしい大型選手を呼んでヘビー級・荒谷の凄さを見せつけるべきだと。こうなると、この変則カードも、単なる苦し紛れに見える。
 一方、後者の見方はどうだろうか。とにかく、純粋WARの選手だけで、WARの魅力を見せつけるためには、いかなる手も打つ。このことの第一歩として見ることもできる。前述のとおり、荒谷はWARでは一人飛びぬけた選手。これを今の手駒だけで、魅せてゆくためには、通常のヘビー級対JRヘビー級のシングルマッチではどうしても魅せられきれない部分が出てくる。そこで、ルール、運営で補強してやる必要がある。
 八王子のカード、僕としては、後者、つまり荒谷を魅せるためにWARがルール、運営で補強してやったと見て取りたい。いわば、4.26後楽園ホール大会の追試を、荒谷にやりやすい形で準備したと。
 とにかくも、WAR八王子大会、これは荒谷一本である。ここまで準備された試合に、荒谷はどのように望むか。そのために、今何をして、何を考えているのか。荒谷の考え抜いた形と言うものを見てみたい。
98年5月11日
 天山の天龍抹殺の新兵器「猛牛スリーパー」、これははやるぞ。今日発売の東スポに出ていたこの技、ドラゴンスリーパーを改良したものと言うものの、締めが甘くなりがちなドラゴンスリーパーに比べると、はるかにがっちりと極めつけられそうだ。新日本プロレス次期シリーズ、「猛牛スリーパー」が旋風を巻き起こす。
 一方、標的とされた天龍選手はどう出るだろうか。天龍選手はドラゴンスリーパーホールドの遣い手でもあるので、これで対抗することもあるだろう。が、僕としては、原初的なスリーパーホールドで対抗してもらいたい。
 スリーパーホールド、これは天龍ファンにとって、ある意味「まだ見ぬ必殺技」である。84年ごろ、確かに天龍選手はスリーパーホールドに目を向けていた時期がある。「単純さと恐ろしさがとても気に入っている。」と。
 この言葉は、恒文社のプロレスリングアルバム「天龍源一郎」に載っていたものと記憶している。そして、そこには、天龍選手にスリーパーホールドをかけられて、苦悶と言うか、異様に顔面が浮腫んだ川田の写真もあったはず。あれを見た日からずっと、天龍ファンは伝説のスリーパーに出会う日を待ち望んでいるのだ。
 今こそ、このスリーパーホールドを繰り出すときだ。天山の巨大な顔を、さらに膨れ上がらせろ。と、こんなことを想う今日この頃ではある。
98年5月10日
 ちょこちょことトップページの項目並び順を変えてみたり、サイト説明である「レスリングハイについて」を修正してみたりした。これをしてよく分かる、まあ、しなくても分かっているのだけれども、ここのところ大きな更新作業をしていないな、と。
 ゲストブックへ書き込みをしていただいたり、また、メールをいただいたりと、見てくれている人がいるわけで、その人たちのためにも、充実したコンテンツを作りたい。充実したコンテンツを作るためには、なにより自らが充実する必要がある。そんなつもりで、ちょっと気合を入れてみようかな。
98年5月9日
 「えーっ」って感じだな。天龍選手は新日本プロレスの次期シリーズ「BEST OF THE SUPER JUNIOR V」に5月28日の金沢大会から参加と発表された。となると、僕が先走って買った17日の後楽園ホール大会のチケットは、僕にとってなんとも意味の薄いものになってしまう。そればかりか、このシリーズ、前半戦に東京近郊での大会がいくつかあり、これも楽しみにしていたのだが、それもなしと。
 それにしても、今日発売の東スポに出ている天龍選手、上腕の充実振りは凄いな。写真の撮り方でそう見えるのだろうけれども、脚よりも太く見えるぞ。
98年5月6日
 はたして、「ビーチプロレス」は実現可能なのだろうか。この謎を解き明かすために、昨日、鎌倉由比ガ浜へと出かけて砂浜で「バンプ」をとってみた。息が詰まった。
 「バンプ」をとってみたのは、事実だが、なにも、これだけのために出かけたわけではない。WWXメーリングリストで懇意にしていただいているはしもとさんが、上大岡から鎌倉まで歩いてみるとおっしゃるので、それに便乗してついて歩いていたら、由比ガ浜へと着いたので、ことにおよんだわけである。
 いったいに、砂浜で直接にバンプを取れるのか。僕のバンプが稚拙だったから、息が詰まったのかも知れないし、そもそも、そんなことは無理なことなのかも知れないので、その結論は出せなが、もし、砂浜でバンプをとりきって見せるレスラーがいたら、充分に尊敬に値する。
 今日発売の東京スポーツを見ると、大仁田が靴をかじっている。プロレスは、人それぞれ、見る人の数だけ、感じ方もあるものだから、自分が「良し」としないものについても、それを良しとする人がいるだろうと、ことさら悪いものの言いようはしないようにと思っているけれども、この体のあちらこちらへと枷をかけられた大仁田が靴をかじる光景は、あまりに陰湿なものを僕へと想起させて、あまりに気分が悪い。
 なにをいまさら、そんな「ウブ」なことを言っているんだ、この人は……と思われるだろうし、あるいは、この靴かじり、が後日「あらゆる艱難辛苦を乗り越えて……」と語られる美談の、妙なるスパイスになろうとも、嫌なものは嫌なのだ。僕は、ビーチプロレスのような(あくまでも、イメージだけでものを言ってはいるけれども)カラッと明るいプロレスを見たい。そんな「ウブ」な人間である。
 が、その「ウブ」さも、東京スポーツGW特別号の、白鳥智香子インタビューを読んで、「そうか『いばりん坊』が好きなのか、やさしいだけじゃだめなんだな。」などと、かなり真剣に考え込んでいるようでは、やはり相応に度が過ぎているのではある。
98年5月4日
 プロレスの「リング」と言うのは、通常四角だ。が、Ringってのは「輪」のことである。なにゆえ、「輪」が四角かと言うと、古のベアナックルボクシング時代に、闘う二人を観客が輪になって取り囲んだことから、闘う場所をリングと呼び習わすようになったらしい。
 この故事に照らし合わせれば、先日、新宿歌舞伎町で行われたキャプチャーインターナショナルジムの地下室マッチ「GLORY FROM THE BASEMENT」は、物理的なリングを配置はしなかったけれども、観客が敬意を持って選手を取り囲んだと言う点において、充分にリングでの闘いだったと見て取れる。もしも、取り囲む連中に敬意を持たせられるようなものでなければ、街中の喧嘩じゃないか。
 物理的にリングを配置しなくても、観客が敬意を持って取り囲めば、すなわち、取り囲んだ観客へ敬意を持たせられるような内容を見せることができるのであれば、「人間到る処青山あり」じゃなくて「人間至る処リングあり」だ。
 となれば、発想は膨らむ。例えば、これからの季節、「ビーチプロレス」ってのは、どうだろうか。一般に名を売るのであれば、夏のビーチは集客率抜群なわけだし、なにより、ビーチに集う人々は、水着姿、そのなかで見せるレスラーの鍛えられた体と言うものは、通常の会場で見せるそれよりも、はるかにアピールするものなのではないかとすら思える。
 真夏の青い空をバックに荒谷のムーンサルトが弧を描いたりしたら、それはそれで、素晴らしい光景なんじゃなかろうか。荒谷だって、エースだエースだと辛気臭いことばかりを考えずに、パアッと華やかな明るい試合をする機会もないと、息が詰まっちゃうだろうし。が、ムーンサルトをするんだったら、やはり物理的なリングが必要だな。そもそも、真夏の炎天下でプロレスをしたら、病気になるかもな。
 でも、見たいよな、真夏のビーチでのプロレス。やるんだったら、1月くらい前には、告知してほしいな。こっちも、レスラーに及びはつかないものの、水着姿でレスリングを見ていてもそれなりにカッコ悪くない程度にはシェイプアップしてから出かけたいからね。

これまでの雑記帳「Chisatoy夜話」
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