98年7月下旬
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98年7月30日
今週の週刊ゴングで、カブキ・ナガサキ対奥村・山田の記事(週刊ゴング726号 44ページ)を見ていたら、奥村にスリーパーホールドを仕掛けるナガサキの写真に「フリー第1戦となったナガサキも動き抜群。今後はWAR、自主興行に向けても始動。」とキャプションがついている。ナガサキ選手が再びWARマットへ上がる計画があるのだろうか。
ナガサキ選手が前回WARマットに上がっていた時には、天龍選手を狙う立場にいた。もし再びWARマットに上がるとしたら、今度も天龍選手を狙う立場での参戦なのだろうか。確かに天龍選手とナガサキ選手の攻防は、迫力のある何度でも見てみたいものではあるが、WARの新しい世代の選手が天龍選手へ立ち向かって行こうとしているこの時期、どうしたって、若い世代の選手と天龍選手のぶつかり合いを優先させたくなる。
となれば、天龍・ナガサキ組を結成してWARの若い世代とぶつかるというのはどうだろう。天龍選手が相撲界からレスリング界へ転向して最初の海外遠征の際にはナガサキ選手が同行して「床山」を務めたとも聞くし、天龍選手へSWS転出の声をかけたのもナガサキ選手であったとも聞く。タッグチームを結成するには充分な下地のある間柄と言える。
天龍・ナガサキ組、これは相当に魅力のあり、また相当に怖いチームだ。この二人に重みと凄みのあるレスリングをやられたら、生中なことでは歯向かえまい。それだけにぶつかり甲斐もあろうというものだ。天龍・ナガサキ組。これは見たい。いっそナガサキ選手も新日本へ殴り込んでしまって、天龍・ナガサキ組で新日マットも荒らしてしまえ。
天龍選手やナガサキ選手は、若い世代のレスラーたちが醸し出すことのできない、体力、持久力、技術と言ったものだけではない何かを感じさせる。そうした何かが存在することこそが、プロレスがプロレスとして生き続けて行く力の源のような気がする。
98年7月29日
突然WZエディタでもホイールが使えるようになりました。ドライバソフトの変更とかはしていません。突然です、突然ちゃんと動くようになりました。どうなってるんだろう?
G1・3連戦、そして大阪ドームと天龍選手の大一番が近づいてきたので、ヨドバシカメラへと出かけてフィルムを買い込んできました。今回はフジカラーのISO1600を10本。36枚撮りのフィルムだから360コマ撮れるわけ。そのなかで、「やった!」と思える瞬間が一コマでもあれば嬉しいが。
フィルム買い出しの次には、ニコンのサービスステーションへ出向き、カビが生えてしまったレンズのメンテナンスを依頼。このレンズは後楽園ホールや地方会場でよく使うもので、国技館やそれ以上に大きな会場では使わないので、次の出番は8.31のWAR後楽園ホール大会。それで、この機会にメンテをと。レンズのメンテもレスリングのスケジュールと相談しないとね。
ニコンのサービスステーションでもらった修理受付表には「本品は製造中止後長期間経過し、補修用備品の在庫がないため修理不能となることがございます。ご了承ください。」と赤いスタンプを押された。それだけの期間レスリングの写真を撮ってきたと言うことになる。
カメラもレンズもいくつか持って、それなり写真を撮るけれども、やはりレスリングの撮影がほとんどだし、PCだって常時使っているものだけでも3台もあるけれども、ほとんどレスリングハイ関係にしか使っていない。はたして、レスリングや天龍選手を見ていなかったら、カメラやPCに興味を持っていただろうか。そんなことを考えると、ふむ、こんな自分にも巡り合わせとか歴史なんてものがあるんだななどと感慨に耽ってみたりもする夏の一日。
98年7月25日
午前0時のカウントダウンセールにこそ並ばなかったものの、発売日早々にWin98を買ってきてインストールを済ませた。これまでもベータ3を使っていたので、目新しいものはないけれども、なんと言っても正式発売版だから、ベータ3で動かなかったクイックビューアとかが使えるようになっているので、良しとする。が、Win98を正式版にして、さらにMSインテリポイントのWin98対応ドライバーをインストールしてもWZエディタではホイールが正常に動作しないのは、がっかり。ベータ3時代にはロジクールのドライバソフトをインストールすると、きちんとWZエディタでもホイールが使えていたから、きっとMSのせいだろう。
Win98を買いに出かけると同時に、後楽園ホールまで足を延ばしてWARの8.31後楽園ホール大会のチケットを買ってきた。北側のK列(最後列)を買いたかったのだが、そのあたりの取り扱いがなく、南側のD列を買った。
日頃席を取る北側の後ろの方からだとリングはやや見下ろす感じになるが、南側のD列程度ならば見上げる感じとなる。同じ会場の同じ種別の席でも、リングの見え方は随分と違ってくる。WWW上ではいくつかレスリング会場の交通案内などを取り扱ったページがあるけれども、席ごとのリングの見え方を取り扱ったページを作ってみるのも、面白いかもしれない。
98年7月24日
週刊ゴングを見る。今週のゴングで一番目を引いたことは何か。たとえば札幌で行われた天龍・越中対蝶野・天山のIWGPタッグ選手権試合で天龍選手が放った雪崩式ダイヤモンドカッター。これには目を引かれる。
「おおっ、またもや
必殺技大鑑
に載せていない技が……。」と思う。必殺技大鑑に載せるためには、自分で写真を撮らなくちゃならないから、道のりは遠い。もっとも、必殺技大鑑は天龍選手が現役でいる間は、決して終わることのない企画だから、むしろ新しい技が出されれば出されるほどに楽しみが増えたと言える。
しかしだ、今週の週刊ゴングで一番目を引いたのはこのことじゃない。91ページを見よう。WARの次期シリーズ「革命点火AGAIN〜Romancing Road〜」の広告である。すでに日程は発表となっていたものの、こうして広告図案もできあがると、一層期待感が募る。
この広告ページの右下を見よう。そこには「■練習生、スタッフ(経験者優遇)募集!」と出ているじゃないか。これは、インパクトあるぞ。一度は、全レスラーを解雇せざるを得なかったWARが、もう一度力強く前進を開始した証と見て取れる。会社としても「よし、やろう。」と本腰を入れた訳である。若いレスラーたちもこの意気に応えた闘いを次期シリーズで見せて欲しいぞ。
▲週刊プロレス866号160ページ右下の写真を引用。
▲拡大して見ると……。とても写真を撮れるような体勢にはない。隣のプロカメラマンと比べると全くダメダメだ。
さて、僕はここしばらくの間、週刊ゴングは買っているのだけれども、週刊プロレスは立ち読みで済ませていた。ところが、今週は
こちら
をはじめとしていくたりから「あれは……」とのご連絡、お問い合わせをいただいたので、週刊プロレスも購入して、早速に該当ページを開くと……。
ハハハ、出てますなぁ、160ページ右下の写真。試合開始早々に北尾が北原をフェンスへと押し込んだシーン。キャプションについている「観客は顔面蒼白!」の最たるもの。実際、あのときはビビッてしまったのではある。
写真を拡大して見よう。下の写真で二人の人間がカメラを持っているが、左側がレスリングハイ作成者である。目はつぶっているし、カメラもちゃんと構えておらず、逃げの体勢だ。右のプロカメラマンが割合に体勢も崩さず涼しい顔つき(と見える)ことに比べると、いやはやいかにも「びっくりしたぁ」って風情ですな、ワタクシ。これじゃ決定的瞬間は押さえられな。修行が足りんと言うことである。
ちなみにレスリングハイ作成者が手にしているのはオリンパスOM−2nにズイコー50mmf2(マクロレンズだ)とワインダー2、ストロボはサンパックB3000S。一方プロカメラマンはキャノンのT90だった。T90、良いカメラなんだよなぁ。
98年7月21日
先日のキャプチャーの地下室マッチで、僕はニュートラルコーナーのフェンス際に取った席でカメラを構えていた。この会場は、その狭さゆえにプロのカメラマンも僕のようなぼんくらも、ほぼ同じ条件で写真を撮れる嬉しい会場である。もちろん、位置取りだけで一朝一夕にプロの品質を得られるわけもないが、喜んでおいても罪はないだろう。
ニュートラルコーナーは試合の節目節目でレフェリーが戻ってくる定位置でもある。この日全ての試合を裁いた海野レフェリーも、試合開始前に選手がコールを受けているときなどには、このコーナーへと戻って来て待機する。いつもながらの動きではある。
海野レフェリーが定位置のコーナーへ戻ってくると、僕の視線は遮られる。僕がレフェリーの定位置となる場所の真後ろに席を取ったのだから、これは当たり前のことだ。当たり前のことだから、僕はカメラを降ろして試合が始まるのを待つ。そんな当たり前のことが繰り返されていたのだが、大会も中盤にさしかかった頃から、海野レフェリーが僕に気を使ってしゃがむようにしてくれたのだ。
コーナーに戻ってきた海野レフェリーは、僕がカメラを構えているのを見ると、しゃがむ。しゃがんでくれて、僕が写真を撮るのを待ってくれる。待ってくれるのだが、チキンな僕は海野レフェリーがしゃがんでくれた時点で、なんだか恐縮してしまって写真を撮ることなくカメラを降ろしてしまった。それゆえに、待ってはいてもモータードライブ(カメラの自動巻き上げ機)の音は聞こえないし、フラッシュも光らないで、海野レフェリーはちょっと不思議そうな顔をして、もう一度こちらを見てから立ち上がる。こんなことが三度ばかりあっただろうか。
僕はとても嬉しかった。嬉しかったけれども、チキンゆえ、せっかくの気遣いにも応えずに写真も撮らなかったし、ましてその場でお礼を申し述べることもしなかった。だから、こうして書くことで、ささやかだけれども、海野レフェリーへのお礼の気持ちを示させて欲しい。どうもありがとうございました。
98年7月19日
▲地下室マッチで使われているマットは薄い。傍らに置いた100円玉と厚さを比べてみて欲しい。
キャプチャーの地下室マッチへ出かけてきた。突然発表された北尾の最終試合があるわけだが、それがなくてもやはり足を運ぶだろう。あの空間には、何かがある。今回作成した
グラフレポート
ではセミファイナルのニイハオ 対 石井(急遽出場が決まった)と北原 対 北尾のみを取り上げたが、タノムサク鳥羽、望月、今日がプロデビュー戦となった紅林……とそれぞれが「気持ちに来る」試合を見せてくれた。
次回の地下室マッチの日程はまだ発表されていないが、この暗く、狭い会場に敷かれた驚くほどに薄いマットの上で、それぞれの選手が一生懸命に闘い続ける限り、足を運ぼうと思っている。
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