98年12月(3)
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mailto:chisatoy@fighter.gr.jp
98年12月13日
僕が今年どれだけプロレス会場へ足を運んだか。履歴を見てみたら、11日のWAR駒沢大会までで45回である。そして、その中でWARの選手が全く絡んでいない大会はたった2回だ。逆にWARの主催した大会で僕が会場へ行けなかったのも静岡と南熱海の2回だけだ。いやはやそれはもう自分でも驚くほどにプロレスファンとしての僕はWARと密につながっている。
試合が終わっての帰路(真っ直ぐ帰宅しないで飲みに行くことも多いけれども)では、その日の試合を「反芻」する。この反芻が終わると、初めて僕はその日の試合についてちゃんと話せるような気がしてくるので、試合直後にはあまりその試合について口にしたくなかったりする。もし、試合直後の僕が「無愛想」に見えたら、きっとそのためだ。
11日に駒沢で行われたWARの98年最終大会「DESTINY」についても反芻してみた。しかし、どう反芻してみても、明るい気持ちにはなれない。普段の大会だったら、明るい気持ちになれなかったとしても、それはそれで「そう言う大会も見たなぁ」と記憶しておこうとなるのだけれども、こと昨日の駒沢大会については明るい気持ちになれないばかりか、「そう言う大会も見たなぁ」ともならずに、「なかったことにしちゃおうかなぁ」という気持ちにさえなる。そんな気持ちになったのは、どうしても駒沢大会のセミファイナルに納得できなかったからだ。
セミファイナルの試合は「荒谷・安良岡 対 北原・平井」。駒沢大会直前に武井WAR社長は「実はある一戦をある意図を持って組んでいます。そうセミファイナルです。選手のみんながファンのみんなを感動させてくれることを祈る気持ちです。」とゲストブックへ書き込んで下さった。試合を提供する側も、ファンも、天龍なしとなった98年のWARを創ってきた選手達がその意気地を魅せてくれると思っていた試合だった。
しかし実際に目にできたのはなんだか「違う」ものだった、そんな気がする。「どこをどうすればいいのか」と問われるとひどく感覚的な答え方しかできないだろうけれども、やっぱり何かが足りない。少なくとも「これで99年のWARは大丈夫だ、この試合を見せ続けることができれば必ずWARの隆盛を取り戻せる」とは思えはしなかった。
これを書いている今も、「じゃあどうすれば良い?」と聞かれたら、なんと答えればいいのだろうと考えているのだが、確定的な解は出ない。それでも「今のWARは『端々まで考え抜いたようには見えない』」とだけは言える。なにもお安いスキットを演じて見せろと言うわけではない。WARのレスリングは単純明快で豪快でファンに息もつかせぬ肉体激突戦だ。このことにファンの支持があることは間違いないし、これに虚飾は必要ない。必要なのは研ぎ澄まされた「気」の冴えだ。
試合会場のファンは選手の視線に、指先に、ほんのちょっとした仕草にと恐ろしく小さなことにも気を砕いて見ている。レスラーにはその上を行く「気」をまとっていてほしい。そうしてくれることが、ひいてはファンの耳目を一点リング上へ集中させ、ファンを驚嘆、感嘆させるのではないか、そんな気がする。
僕はわざわざレスリング会場へ出かけて、あれこれと詰まらぬことを反芻したくはない。単純に驚嘆、感嘆をなんども反芻させてほしい。そのことが一番簡単な僕の気持ちだ。
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