雑記帳CHiSAToY夜話98年12月(4)
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98年12月31日
 朝になって気づいたら、体が変調をきたしている。身体のそこかしこが痛い、発熱がある、のどが痛い……。症状が好転するまもなく、刻一刻と時間が過ぎる。もう永いことはあるまい、98年も。
 ボゥとした意識の中で、98年のレスリングシーンが走馬燈のように蘇る。あんなこともあった、こんなこともあったと……。
 その中で、一点決まりのつかないシーンが頭を離れない。照明を落とした地下室で、ただ一人スポットライトを浴びているのはWARの菊地じゃないか。ああ、あれは新宿歌舞伎町、ACBホールで行われた地下室マッチでの一場面。11月23日のことだ。
 リングアナが声を張る。「得意技、キクチ・スペシャル」。頭の中に無数の疑問符が蠢く「キクチ・スペシャルってなんだ」「キクチ・スペシャルってなんだ」「キクチ・スペシャルってなんだ」……。
 はたして、「キクチ・スペシャル」とは何か?。一向わからない。コナーに詰めた相手の顔面へ飛び込みざまに見舞う蹴りのことか?、仲間内で「ダブルアーム落とし」と呼んでいる人間風車(ダブルアームスープレックス)のことか?、パワーボムのことだろうか?、それとも98年1月のシリーズでしばしば見せていた正調・サンダーファイヤー、カナディアンバックブリーカーからの投げ捨てのことか?。
 わからない、わからない、キクチ・スペシャルがわからない。頭の中の疑問符は、増殖に増殖を重ね、いまにも耳孔から流れ出すのではないか。
 高熱に犯された頭が疑問符に浸食されて行くのを感じながら、密かに「キクチ・スペシャルよりも、菊地・特別」って言ってほしいよなぁなどと、ダウンタウンがやっていたスーパーストロングマスクのネタを反芻しながら、熱に犯されて痛む節々をなだめながら寝返りをうってみたりする大晦である。

98年12月30日
 今日は居残り当番的に出勤してきたが、職場全体としては昨日が納めの日だった。昨日は、年内最終日と言うことで、部署などの小集団ごとに納会が行われていたが、僕達が参加させてもらった納会は「実務派の役員」の仕切だった。
 途中で抜け出して用事を済ませたりしつつ参加した納会がお開きになったのは開始から二時間ほども後のこと。もう、この頃ともなると「実務派の役員」も単なる酔っぱらいですな。参加者一人一人に抱きつきだした。まあ、良く言えば一年間の感謝と感激を込めた「抱擁」と言うことです。
 しかし「抱擁」というのは、ことこれを男児同士で行うことは、本朝の文化として一般的とは言い難い。誰も彼も、ちょっと困ったような照れ笑いのような顔をして、ことが済むのを待っている。
 そんな光景を見ていたら、やっぱり僕の方へもやってきた。「ああ、来たなぁ」なんてことを思いながらも、やっぱり何かちゃんとリアクションをしないといけないんだよなぁと考えていたのだが、悲しいかなレスリングファンの「性」は「実務派の役員」の「抱擁」をベアハッグで返してしまったのだ。
 「抱擁」とベアハッグの文字通り息詰まる対決が終わったとき「実務派の役員」は秘書に向かってボソッと「サバ折りされたよ」と。
 「歯向かうものは消す」これがショッカーのセオリーだ。もし、かの役員がショッカーの一味だったとしたら、僕は即座に泡と溶かされていただろう。それを思えば今こうしてこの夜話を更新できているのはラッキーだったと言えよう。しかし、深々と更けて行く師走の夜がいかに静かと言えども、油断はならぬ。しっかりと戸締まりをして寝なければならないのだ。そうしないと明

98年12月27日
 先日代々木から四谷へと移動するために代々木駅の総武線ホールへと足を運んだら、女子プロレスラーが二人いた。デビュー後の4年は経っているものの、一般の人に名を知られているほどにまでは出世していない二人だったから、存在に気がついていたのは僕だけだったのかも知れない。
 代々木駅から電車に乗り込み僕が四谷駅で降りるまで僕は二人のそばにいたのだが、どうにもがっかりな体験だった。このふたり全くプロレスラーとしてと言うか、スポーツ選手としてと言うかの光、はつらつさもなく、ただ単にだるそうに日々を送っている怠業者のようでしかなかった。
 ことに、二人のうち一人は、僕が注目していた選手だったこともありガッカリ感が一塩だ。あんなにだるそうに練習へと向かっても、ちっとも身にならないような気がする。こんな感じを持ってしまえば当然のことながら会場への足も遠のこうと言うものだ。
 「プロ」なんだから、もうちょっとその自覚を持って外出して欲しいと考えるのは、ファンの勝手な思い込みだろうか。確かにプロレスラーが「血の滴る分厚いステーキを……」「グラスをバリバリと……」と言う時代ではないが、なんらかの形でその矜持を示せなければ「プロ」足り得ないのは、いつの時代にも変わらぬ真理だと思うのだが。

98年12月22日
 もうそろそろ27時(23日の3時)になろうかという時間である。今から寝て、明朝8時にキャプチャー地下室マッチで撮ったフィルムを現像へ出しに行こうかと考えていたら、この真夜中に人が訪ねてきた。酔っぱらった職場の後輩だ。なんだかこの時節柄酒に任せて無茶をするものが多いなぁ。もっともゲストブックを見ると、僕も次回は「銀行を襲う」ことを期待されているようでもあり、あまり人のことも言えぬところではあるが。
 今日(22日)のキャプチャー地下室マッチVol.6が僕の年内レスリング観戦最終戦。WARを中心にレスリングを見続けてきた僕にとって一年を締めくくるにふさわしい大会だったように思える。
 今年の4月に始まった地下室マッチも今日で6回目。言うまでもなく地下室マッチの主催者は北原率いるキャプチャーなのだが、全6回を通じてその力を見せ、着実に成長してきた選手と言えばWARの石井だろう。
 今日の試合でも夢ファクトリーの藤崎と対戦。終盤、藤崎の反撃に押される場面もあったが、落ち着きと仕掛けの早さ、巧みさを見せながら8分8秒腕ひしぎ十字固めに破った。一年を通じて試合で見せてきた、マットさばき、打撃の技術、そしてプロレスリングスタイルでの力強さの向上・増強ぶりの集大成となった試合だったと言えるだろう。
 奇しくも、今日22日は「冬至」。一年で一番昼の短い日であり、明日からは一日一日と昼が伸びて行く節目の日である。この冬至の日に行われた地下室マッチを節目として、キャプチャーは地下室から踏み出て行く。その第一歩となる99年1月12日の北沢タウンホール大会。おそらく、北沢大会にも石井選手が出場して、昼が伸びて行くような少しずつ、それでいて確かな「伸び」を見せてくれるだろう。
 そんなことを思わせた、冬至の地下室マッチだった。

98年12月20日
 すっかり週刊CHISATOY夜話となってしまっているなぁ。見に来てくれる方には大変申し訳ない気分だ。もうしばらくすると怒濤の忘年会連戦から脱出するので、今しばらくお待ちを。
 世間では不況ゆえに忘年会も減ったというような声も聞こえるが、僕に関して言えば去年の3倍くらいは忘年会へ出ているような気がする。明日の晩は職場全体の忘年会で焼き肉屋へ行く。たまプラーザにある壱語屋と言う店で、僕の中での評価も良い。
 昨晩は桜新町・鮨處しま田での忘年会だった。しま田は天龍選手のお店だけれども、僕にとってはそのことだけではなく、いつでも満足させてもらえる居心地の良い場所の一つとして記憶されている。ことに、昨夜の魚は冬だからか脂ものり、とてつもなくおいしく感じられ、これを食べられる至福に思わず「うわぁ、大人になって良かったなぁ。」などと口走ってしまった。今度はいつ行こうかな。

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