雑記帳CHiSAToY夜話99年1月(3)
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99年1月16日
スタミナ切れで、押さえ込みを返すも息絶え絶えの中牧。
風前の灯火となった中牧に声をかけ続ける天龍選手。
▲(上)スタミナ切れで、押さえ込みを返すも息絶え絶えの中牧。(下)風前の灯火となった中牧に声をかけ続ける天龍選手。(いずれも1月15日のWAR後楽園ホール大会から)
 今日発売の東京スポーツを見ると「天龍一門入り試験 中牧『落第』追試」との見出しで昨日の試合が取り上げられていて、本文を読むと「今日はヨソ行きになった。参考にならない。もう一度チャンスを下さい」と再挑戦を直訴した中牧に天龍選手が翔舞'99での「追試」試合を約束したとのことだ。
 この記事を読んで思い出したのは、僕が天龍選手の講演会で司会をしたときのことだ。あれは88年11月のことだから、丸々10年を越える昔のこととなる。学生時代に所属していたレスリングファンクラブの後輩達が天龍選手の講演会を開くというのでウキウキと出かけてみたら、当日の本番一時間ほど前に突然「主催者側の司会をやれ。」と言われてしまったのだ。しかもアドリブでやれと言うのだ。
 前々から準備をしていたとしてもきちんとできたかどうかもわからない大役を、直前になって振られた僕は、全く思い出すのもイヤになるほどのダメ司会ぶりだった。なにせ、初めて実物の天龍選手を目前にした僕はすっかりあがってしまい、控え室で天龍選手と相対したときから既に無口になってしまっていたばかりか、本番では客席から見ていた知人が「顔面蒼白で、倒れるかと思った。」と後になって語ったほどの異常事態。そんな状態ではアドリブの司会ができるわけもなく、全く悔いばかり残った経験だった。
 あのときのことを思うと、中牧の思いがわからなくもない気がする。中牧だって、SWS入門テストの失敗からプロレスラー人生をスタートさせ、長い年月の後にとうとう天龍選手とタッグチームとして試合をする機会を得たものの、全くのしくじりだったのだから、このままじゃ引くに引けないだろう。
 ただ、その気持ちは分からなくもないが、どう見ても中牧は運動選手として役者不足。追試試合までの一月半を相当の覚悟で過ごさないことには、合格はおぼつかないだろう。FMWで過ごした新弟子時代を越える厳しい試練を自らに課せられるかどうか。中牧一世一代の意地を見せるときだろう。
 かつて阿修羅原が週刊ファイトのインタビュー記事でこんなことを言っていた。「プロの世界は、努力したからと言って必ず報われるわけではない。でも、努力しないやつは絶対に報われない。」と。このことを思えば、今の中牧は幸せ者である。報われるチャンスへの扉は、天龍選手の手によって未だ開かれたまま残されているのだから。
 ちなみに、僕の「司会しくじり」に対する忸怩たる思いは、昨年5月にしま田でたまたま天龍選手にお会いしたときに「あのときは失礼な司会をしまして、大変申し訳ありませんでした。」と頭を下げたことでようやく消え去ったのである。天龍選手は、もうあの講演会の司会のことは覚えてはいらっしゃらなかったようではあったが、とにかくも、僕の10年越しの悔いは、ようやくそこで消し去ることができたのであった。
 中牧、たかだか講演会の司会ですらそれをしくじれば、自分の中でキリをつけるのに10年もかかったりするのだぜ。追試試合をしくじったりすれば、そのことにキリをつけるのはとても10年じゃ済まないと思うぞ、僕は。


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