99年1月(5)
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99年1月18日
天龍選手の言う「ガラクタ軍団」って何だろうと考えていたときに、ふとそれは「死地」を与えるものなのだろうかという気がしてきた。大仁田が新日本マットへ上がろうと散々アピールしていたときに天龍選手が「これが最後と言っているのだから、(新日マットに)上げてやればいいじゃないか。」と言っていたことをあわせ考えると、天龍選手があまり良い目を見ることのできなかったインディーの選手へ死地=死ぬべき場所、死に場所を与えようじゃないかと「ガラクタ軍団」を考えたとしても、おかしくはない気持ちがしてくる。
まあ、このことは「ガラクタ軍団」と言うよりも、ガラクタ軍団に中牧を入れたこと、言うなれば中牧についての場合のこととなるかもしれないが。
さて、日曜日に僕はIWA Japanの後楽園ホール大会へ行き、中牧の試合を見たわけだけれども、そこへ足を運んだ理由は中牧の試合だからと言うだけではなく、その対戦相手が山田選手だったからでもあるのだ。
昨年3月のWAR後楽園ホール大会で山田選手が石井選手と対戦したのだが、正直な話、彼のその体躯からはにわかに想像できなかった伸びやかな、それでいてアタリの強さも感じさせる攻撃に驚いた。その驚きによって、その試合で山田選手が放ったニールキックの写真を「今日のプロレスカード」に取り上げたもした。最近では、WARマットに山田選手が上がらなくなっていたので、また彼の試合を見たいなと思っていたのだ。
しかし、日曜日の画ビョウデスマッチは彼の伸びやかさを表現するには不向きだったようだ。不向きであったばかりか、そこで見たのは、素肌のまま無数の画ビョウの中へと沈んでいった山田の狂わんばかりの痛々しさと、そして、それを中牧やポーゴを相手にやらざるを得なかった厳しい現実に対する、山田選手のみならずマット界の無力さのようなものを実感させられた。
皮肉な話、IWA Japanと言うマットを残そうとする限り、山田選手が山田社長である限り、山田選手はその伸びやかさを生き生きと表現することができないような試合形式を選択し続けざるを得ないかも知れない。
だとすれば、中牧がガラクタ軍団としてその死地を与えられようとしている今、山田社長レスラーには解放の場を与えられないものだろうか。例えば、次期シリーズ「翔舞'99」で予定されている中牧の追試マッチに荒谷・山田組で立ちはだかるというのはどうだろう。
WARマットで天龍選手を相手にするとなれば、そのハードさはそれこそ正に「デスマッチ」と言うにふさわしい。しかし、それはデスマッチでありながら、それほどに山田選手の伸びやかさを表現するにふさわしい場所もあるまい。そんな場で山田選手が躍動するのを見たい。
社長レスラーとして数多くの呻吟があろう山田選手に一時と言えども解放の場所を与えること、こんなこともマット界に新しい流れを生む可能性を秘めた一つの動き、ムーブメントとなるかも知れない。天龍選手がガラクタ軍団で死地を得るのであれば、荒谷選手は「解放軍」で伸びやかさを得る。これでどうだ。
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