![]() | 99年2月(1) |
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週刊ゴングのジャイアント馬場選手追悼増刊号が発売されていた。この25ページに武井WAR社長が馬場選手の死去に際して各報道機関へと配信したファクシミリが掲載されている。大変に小さな文字となって掲載されてはいるが、丹念に拾って読んだ。
気持ちが揺すぶられた。
とにかく読んでほしい。
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| ▲武井WAR社長のトークショー。聴衆の笑いが絶えない楽しい内容だった。 |
昨日(2/7)、三鷹で行われた武井WAR社長のトークショーへと出かけてきた。聴衆は少な目だったものの、およそ2時間終始笑いの絶えない楽しい内容だった。聞いてくれる人を楽しませながら、きちんと話をすることは、なかなかに難しいことだと思うが、そのことを難なくこなして見せた武井WAR社長には、レスラーとはまた違った格好良さを感じた。
ところで、今朝E-Mailをチェックしたらこんなメールが入っていた。昨日のうちに届けば、トークショーの機会にでも武井WAR社長にお渡しできたのだが、ちょっと遅かったかな。
From: CoryJohnson@-----.net (Cory Johnson)
Date: Sun, 7 Feb 1999 19:32:05 -0600 (CST)
To: chisatoy@fighter.gr.jp
Subject: tag team
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workers would like to wrestle in war
would also like to know where to send resume
これ、レスラーの売り込みのようなのだが、どうしたものかなぁ。いきなりWARのオフィスが、それこそどこの誰ともよくわからないレスラー(自称?)の相手をする訳にもいかないだろうし、とりあえず僕のところへ"resume"=「履歴書」をもらってしまおうかなぁ。で、強そうだったら、僕がマネージャーとして軍団作って(どうも彼らはタッグチームらしい)、WARマットへ乗り込んだりしてな(笑)。
明日(2/5)の午前10時から行われる会議で使う資料を作るために、PCの前に向かっているのだが、未だだらだらと資料作りに手をつけていない。定期試験前になると長編文学作品を読み始めた学生の頃となんにも変わっちゃいないな。
今日はレスリング週刊誌の発売日だったのだが、ゴング、プロレスともになるほどと思わせるものがあった。
まずゴング。今週号(No.752)で一番じっくりと見たのは29ページから始まっている新崎人生とSASUKEの「死国巡礼」だ。プロレスがこのことを114ページからの1ページきりで取り扱っていることに比べて、ゴングは4ページの扱いだから、そもそも力の入り具合が違うわけだが、こと写真が違う。
ゴングの写真は観光記念写真として、僕もこんな風に撮れたらなぁと思わせ、じっと見つめさせてくれた。例えばそれは「早朝、五重塔の……」「『力を持って人に勝つものは亡ぶ』……」「浄瑠璃寺にある説法石に……」と説明(キャプション)がついたそれだ。
かつて読んだ写真の撮り方を説いた本に構図についての説明写真がでていたけれども、そう言うところにでている写真はあまり興味の持てない被写体だったりして、真剣に見ないのでそれが身に付かないのだが(そもそもそう言ったセンスが僕にないという問題点はひとまずおくとして)、レスリング雑誌に掲載されている写真ならば被写体への興味もあって、僕の中でのイメージ定着率は相当に良いはず。
このイメージを持って次の旅では写真を撮ってみたいな。ただセルフ撮影だとなかなかね。デジタルカメラをセットして、タイマースイッチを入れて、たぶんそのあたりだろうと見当をつけた場所へ走り、おもむろにそれらしい姿勢をとり、……とやっていると周辺の人間の視線が気になったりして、このあたりの対策も何か考えないとなと。どんな手があるだろう?
一方のプロレス(No.899)にはこの時期恒例と言っても良いであろう安田拡了氏による天龍選手のインタビュー記事が掲載されている。そろそろ資料作りに手をつけないとまずい時間なのでここでは記事の内容に触れないけれども、これだけのために今週のプロレスを買ってしかるなものだな。
ところで、今の僕は病気のためアトミックドロップの受け身をとれない状況です(なんの病気かわかるでしょ?)。これって本当に直るのかなぁ。病院行くのもなんだしなぁ。
病気は徐々に徐々にと良くなっているように感じる。何人もの方にご心配いただき、どうもありがとうございました。
今日で33歳となった。2月1日が僕の誕生日なのである。その翌日2月2日が天龍選手の誕生日なので星占い的に僕と天龍選手の運勢に近い部分があったりするのだろうか。
さて、天龍選手は1950年生まれだから明日(2月2日)で49歳となる。その天龍選手が今年の僕と同じ33歳だったのはいつだったかと計算してみると1983年、僕が天龍選手の写真を撮り始めた年だ。僕はこれから僕が見てきた天龍選手と同じ年代を生きて行くのだ。
僕は天龍選手の様々な「格闘」を見ては、力づけられたり、やる気が出たりと様々な「力」を得てきている。それは数多くの天龍ファンの人たちも同じことだろう。ファンの数の多さに比例して天龍選手の頑張りもあった。今日まで見てきた天龍選手の頑張る力、それを見習って、その寸毫でも僕自身がこれからの日々で出せたらな、なんてことも考えてみる。
人間はいつの日にか生きて行くことをやめざるを得ないときが来る。そのことを周囲は悲しみはするけれども、その人が頑張って生きてきたのだったら、生きて行くことをやめざるを得なかったことよりも、その瞬間までうんと頑張ってきたことを精一杯誉めてあげたい。そんな気持ちでいるから、僕も最期には自分自身をちょっとだけ誉められるようになろうっと。
頑張ると言うことについて、マット界に見習うべきものは多い。だから、僕はこれからもレスリングファンだ。