雑記帳CHiSAToY夜話99年3月(3)
PWHPNZoNYTM計画ロゴ

【タイトルページ】へ戻る【最新の雑記帳】へ戻る
mailto:chisatoy@fighter.gr.jp
99年3月22日

「ここで出よ」……。中央高速の通行止め区間は徐々に広がり、僕は松本にはほど遠い甲府昭和で高速道路を降りざるをえなかった。
▲「ここで出よ」……。中央高速の通行止め区間は徐々に広がり、僕は松本にはほど遠い甲府昭和で高速道路を降りざるをえなかった。
 天龍選手と荒谷選手の日本J1選手権が行われたのは松本市総合体育館。長野県松本市までは中央高速道、長野自動車道と乗りついて行けば3時間30分で行けると日本道路公団のサイトにある経路探索システムに出た。であればと言うことで午前11時に千葉県野田市の実家からクルマで出かけた。すでにラジオなどでは長野方面の荒天を伝えてはいたが、松本市へ出かけるわけで、とんでもない山奥へ行くわけでもなしと高をくくっていたことが、後になって思えば致命傷だったわけだ。

 今になって思えば「こうもできた」「ああすればよかった」と言うことだらけなのだが、松本にはあと100Kmほどもある甲府昭和で中央高速を降りる羽目になってしまった僕は、途中でJRに乗り換える踏ん切りもつかないまま国道20号線を長野方面へと向かってはいたものの、いつ尽きるとも分からぬ小淵沢付近の大渋滞についに会場へたどり着くことをあきらめてしまった。最期の悪あがきでJRの駅へとクルマを向かわせたのだが、雪の降り積もった坂道でズルリとクルマのテールを滑らせてしまい、それが僕の気持ちが前を向いていた最期だった。

 ARAYA WARとしての1年間、その総決算とも言うべき日本J1選手権の試合を、自分の判断ミスで見られなかった。レスリングファンとして大失敗だ。しかし、終わったことはどうしようもない。実際の試合をするのはレスラーであり、僕はそれを見ているだけなのだから、僕がいくら臍を噛みちぎったところでそれきりだ。

 と、まあ僕の松本遠征は大失敗に終わったのだけれども、J1選手権にたどり着けなかった荒谷選手の悔しさは、松本にたどり着けなかった僕の悔しさの何倍もだろう。大きさは違えども、同じ日に同じく悔しさを持ったものとしてこれからも荒谷選手を見て行こう。

高校生ヒッチハイカーの加茂クン(右)と藤本クン(左)。加茂クンって若いときの川田選手(全日本)にそっくりだ。
▲高校生ヒッチハイカーの加茂クン(右)と藤本クン(左)。加茂クンって若いときの川田選手(全日本)にそっくりだ。

 ところで、この遠征で唯一明るい話題。途中の国道16号線八王子付近で高校生ヒッチハイカー二人を拾った。彼ら加茂クンと藤本クンは大阪・池田へヒッチハイクで出かけると言う。話をしてみるとヒッチハイクは今回が初めてではないばかりか、東京から琵琶湖まで自転車で6日間かけて出かけたこともあると言う冒険(ロマンス)好きな二人だ。彼らとは談合坂サービスエリアで別れたけれども、その後の旅はどうだったかなぁ。彼らもインターネットを使えるとおもしろいんだけれどもね。


これまでの雑記帳「Chisatoy夜話」
99/3(2)- 99/3(1)- 99/2(2)- 99/2(1)- 99/1(7)- 99/1(6)- 99/1(5)- 99/1(4)- 99/1(3)- 99/1(2)- 99/1(1)
98/12(4)- 98/12(3)- 98/12(2)- 98/12(1)- 98/11(2)- 98/11(1)- 98/10(3)- 98/10(2)- 98/10(1)- 98/9(2)- 98/9(1)- 98/8(2)- 98/8(1)- 98/7(2)- 98/7(1)- 98/6(2)- 98/6(1)- 98/5- 98/4- 98/3- 98/2(2)- 98/2(1)- 98/1
97/12(2)- 97/12(1)- 97/11(2)- 97/11(1)- 97/10- 97/9(3)- 97/9(2)- 97/9(1)- 97/8(2)- 97/8(1)- 97/7- 97/6- 97/5- 97/4- 97/3- 97/2(2)- 97/2(1)- 97/1(3)- 97/1(2)- 97/1(1)
96/12- 96/11(2)- 96/11(1)- 96/10- 96/9- 96/8- 96/7