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雑記帳CHiSAToY夜話99年6月(3)
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99年6月27日

私だけのとっておきの話(週刊ゴング772号から)
私だけのとっておきの話(部分)
日本スポーツ出版社 週刊ゴング772号
 6月24日発売の週刊ゴング772号に掲載されている連載企画「私だけのとっておきの話」は天龍ファンの武田一宏さんの話である。武田さんが5月に福岡で行われた天龍 対 武藤のIWGP選手権試合を見に行かれたときのことをベースに書かれているが、この武田さん、試合会場となった福岡国際センターでは僕の隣に座っておられた。

 面識があったわけではない。試合終了後に僕がリブレットを使って試合結果速報を送信しているときに話しかけていただき、お互いに東京から来た天龍ファンであると知った次第。先日のWAR革命陽上7の会場でも声をかけていただき、またこのレスリングハイも見ていただいているとのこと。うれしいことである。

 このような天龍ファンとの思いがけぬ出会い、最近ではひどく珍しいというものではなくなったが、今をさかのぼること十数年前、僕が大学へ入った頃には天龍ファンとの出会いどころか、そもそも天龍ファンが相当に珍しかった記憶がある。

 実際のところ、僕が入学早々に加入したプロレスファンクラブでも「天龍ファンは初めてだ」と言われてしまった。そればかりか僕以外のほぼ全員が新日プロファンで、当時のことだから当然のことながらアンチ全日であった。そのアンチ全日ぶりたるや徹底していてわざわざ全日プロのTV中継が行われる土曜日夕刻(当時)に定例ミーティングを行い、「我々は全日のTV中継など見ないのだ。」と示威していたほどである。むろん、金曜の夜に飲み会が入ることはあり得ない。家庭用VCRの価格がようやく20万円を切るかと言っていたような頃でもあった。

 このファンクラブで迎えた二年目の夏、恒例の夏合宿で伊東の海にいた。夏合宿と言っても特にやることはない、日中はただグタリと過ごし、夜になれば酒を飲むだけのことだったが、そこのきわめて無口な田中君が参加していた。

 田中君は僕よりも一年ほど遅れてファンクラブへ入ってきた。彼が挨拶をした定例ミーティングの後に居酒屋へ行き、良い塩梅に酔っぱらったあげく僕は居酒屋前の路上でテキサスクローバーホールドをかけた。テキサスクローバーをかけながら「サソリ固め全盛(85年)の昨今と言えども、ここでテキサスクローバーを出すのが全日ファンの意地だ。」とひとしきりわめいたことを覚えている。全日ファンの意地を発露させることはさておき、技をかけられた田中君にはいい迷惑以外の何者でもなかったに違いない。

 ファンクラブに参加した初日にこんな乱暴狼藉を受けたのだから、姿を現さなくなってしまうだろうかと思われた田中君だったが、その後も律儀に参加し続けて、伊東での夏合宿となったわけである。

 ただやることもなく突堤で日に背を焼いていた僕は「そういえば田中君って誰のファンなんだろう」と思った。ちょうど田中君がそばに黙っていたので訊いてみた。「キミって誰のファン?」

 田中君は何ともない顔で「天龍」とだけ答えた。この簡単で、それでいながらすべてを含んだ答えに僕は驚いた。田中君は天龍ファンだったのかぁ。すでにサークルにはM2クンが参加して天龍ファンは二人になっていたし、天龍選手も全日マットへ侵攻してきたジャパン軍団との闘いの中で名を上げてきていたので、天龍ファンが身近にいたとしてもおかしくはなかったが、この寡黙な田中君が天龍ファンで、そしてそのことを今日に至るまで一言も漏らさなかったことに相当驚いた。

 「そうかっ、天龍ファンなのか。」と驚きの声を上げた僕に、なにがそんなに驚きなのだというような顔をした田中君は、それでも驚いたような顔をやめない僕がうっとおしくなったのか、ひょいと身を翻すと鮮やかなクロールで伊東の海を泳いでいってしまった。

 合宿の最終日でもなかったし、列車で東京付近まで一緒に帰ってきたはずなのだが、僕の持つ田中君の記憶はこのクロールでとぎれてしまっている。その後、田中君と天龍選手の話をした記憶もない。僕としては天龍ファン・田中君は伊東の海にクロールで消えて行ったとしか言えないのである。

 冒頭に挙げた武田さんの「私だけの……」を読んで田中君を思いだした。あれから十数年、今も天龍選手は第一線で頑張っている。その頑張りが今も天龍ファンを増やし続けている。こんな今日(こんにち)、あの伊東の海にクロールで消えていった田中君はどんな風に生きているのだろうか。きっと寡黙に、それでいながらあのクロールのように鮮やかに生き抜いているに違いない。


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