![]() | 99年11月(2) |
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ようやく本復。何がいけなかったんだろう。
昨日の「ドリー式」を探すために80年代中葉に撮影したフィルムをつらつらと眺めていた。ザ・ファンクス、ハーリー・レイス、ニック・ボックウィンクルそしてジャイアント馬場。彼ら本当の大物達が迎えた晩秋の時期が遺されていて楽しかった。ああ、魅惑の80年代中葉。
そんなに80年代中葉の試合が見たければ、そのころには家庭用VCRも充分に普及していたのだから、テープを見ればよいじゃないかとなるかも知れないが、テープではあの味が出ないんだよ。
大きな会場のリングから遠い席で見る。「大物」がゆっくりと、はっきりと大技を決める。と、それにやや遅れてリングの音が響いてくる、この感覚。もう、なくなっちゃたのかなぁ。
引き続き体調不良。不良と言っても熱があったりめまいがしたりというたぐいではなく、消化器系の問題で、それ以外の器官は通常営業なので普通に活動はしているものの、そもそもの原因が何か分からないので、不安。だったら病院へでも行けば良さそうなものを、いかないのだからまだまだ大丈夫なのだろう。
ちょっと前に週刊ゴング、No.792の129ページは「プロレス記念日第59回」。ここにバーン・ガニア 対 ラッシャー木村のIWA選手権が取り上げられていて、バーン・ガニアのバックドロップの写真が掲載されている。
バーン・ガニアのバックドロップは掲載されている写真の状態(相手を持ち上げた状態)から「スライドするように」相手を落としてゆく。確かそんな連続写真が古い別冊ゴングのバックドロップ特集に取り上げられていたはずだ。はっきり言って、あまり上手なバックドロップではない。
でも、この不格好な、それでいて独自の味を持つバックドロップを今無性に見たい。最近では、平均的にプロ・レスラーの運動能力が上がったのか、誰でもが「テーズ式」のグリップでそこそこのバックドロップを放つようになった気がする。「ドリー式」でパッと思い起こせるのは天龍選手、三沢選手のそれくらいかな。
「ドリー式」(そもそも最近のファンは「テーズ式」とか「ドリー式」なんて言わんのか)って、テキサスブロンコスープレックス(ドリー式人間風車)もそうだけれども、「投げますよ」>「よいしょ」>「落としたぁ」(投げた!ではなくてね)の「間」と、常に「テーズ式」には劣るB級との評価を受けてしまうところが、いかにも「プロレス」って感じがして、良いんだけれどもね。
ちょっとこんな話をボソボソとしてみたくなった、そんな今日この頃ではありますな。
こんな時間(26日午前4時)に起きていて言う言葉でもないが、体調悪い。緊張感が途切れたからなのか。食べてもすぐに出てゆくのでもったいない気がする。
こんな体調なくせして思い出横町のことを思い出したりして、そう言えば最近あの手の店では飲んでいないなぁなどと飲みに行きたくなったりして、まあ支離滅裂。
昨夜、夜話を書き終わった時点で「もう明日は絶対に休んでやる」と心に決めてから、社内メールをもう一度良く読んでみた。”ちょっとだけ”作業を依頼するメールが入っていた記憶があったからだ。
で、このメールをよくよく読んでみたら、僕が”ちょっとだけ”作業をするんじゃなくって、僕が”全部”作業をすることになっていた。しかも期限は24日中。これには参った。作業内容自体はそう難しいことではなかったけれども、もう「絶対に休む」と決意してしまった後では、これを実行するために出勤する気分にどうにもなれなかった。で、今回は泣きを入れて、自宅でできる部分だけを僕が行うことで勘弁してもらった。
さてその作業、他の人の作業終了を待ってから僕が作業する部分があったので、それを待ちながらWebページを見ていたら新宿の思い出横丁で火事とのニュースが目に。この横丁、最近でこそ足が遠のいたが、学生の頃には散々プロレス話をしたところで、今でも友達と会うと、横丁にある店にいた名物店員の口まねをして懐かしがったりするほどに、この横丁は僕らの間での共通体験になっている。
あの一角には僕らが頻繁に足を運んでいた頃から再開発の話題があり、横丁の中に再開発事務局の事務所も見かけた記憶がある。となると、この火事が契機となって大きく姿を変えることになるのだろう。いつまでもあのままと思っていた場所に突然の転機が訪れたことを見ると、何事も永遠と言うものがないことを、今さらながらに実感する。
「たれぇー、しぉー」。
名古屋名古屋東京東京札幌札幌福岡福岡。こんなスケジュールの巡業作業が今日終わった。札幌から福岡へは直接に移動したから、気候のギャップが激しい激しい。札幌の夜は気温5度程だったので、セーターの上に厚手のコートを着ていても、それでも寒さを感じたが、福岡ではコートどころかセーターもじゃまくさい気がした。ここまでが22日に福岡から帰ってくる航空機の中で書いた分。機を降りて「後で手を入れてから久しぶりにWebに載せよう」と思いながら、羽田空港を到着者出口へ向かって歩いていたらPHSが鳴った。職場からの連絡で「サーバーにトラブルが起きて、ちょっと困ったことになったから、後でメールを読んでおいて欲しい」と。ヨロヨロと歩いているときに聞く内容にしちゃ、ちょいとヘヴィー。今回の作業は終了時間が24時を過ぎることもあったりして(なのに現場には朝8時半に入ったりする)、宿に戻ればあとは寝るだけ……。いつも買っている東京スポーツ、Webページへのアクセスもほとんどしなかった。この間に何か驚くようなことはあっただろうか、マット界は。
おそらく、今回のそれが今年最後の巡業のはず。
帰宅してすぐにメールを読んだ。もう「ケッ」としか言いようのない内容。オレは帰り道の最中に「もう明日は自分のベットでひたすらに寝るもんね」とそれだけを楽しみにしていたのに、こんなこと言われたって知らんけんね、だから寝る。
そんなわけで23日になってもこの案件、知らんと突き放してしまいたかったのだが、そうしたとたんに飯の食い上げになってしまふ。調子のいいときには「お天道様と米の飯は着いて廻る」などと粋がってみせても、仕事がなくなることが一番怖いのは正直なところだ。
とは言うものの、何とかお手軽に対処を済ませられないかと、サーバーにリモートアクセスをして様子を探ってみた。今回不調を起こしているサーバーはちょっと特殊な設定をしてあったので、別のサーバーに入っているリモートコントロールソフトを自宅のリモートコントロールソフトで遠隔操作して目的のサーバーを遠隔操作するというサンパ星人も吃驚の作業ぶり。
結局1時間ばかり悪あがきをしてみたところで、ギブアップ。コンピューターセンターまで足を運んだ。思っていたよりも軽い症状だったのが救い。
で、早い時間帯に帰宅できたけれども、もし障害復旧に手間取ったりしていたら、通り魔となって通りすがりに人にコブラツイストを暴れちゃったりしていたかもなぁ。(しないって)